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3月, 2011の投稿を表示しています

PC故障

起動しない原因を突き止めるためとあるショップに出向いてみました、BTO(ビルトトゥオーダー)商品だと診断だけで2万円いただきますと。 え?!2万もするんですか? 前は5千円もしないでやってくれたのに・・・ ふと、友人に電話してみた。以前もこんな感じで友人に電話した記憶があるなぁ、デジャヴー?(笑) BIOS起動しないなら、HDDとかデバイス外して起動してそれでも出ないならマザーかな? メモリかCPUの可能性もあるらしいが・・・ あぁ~、そういえば数日前焦げ臭かった事を思い出す(^^; コンデンサー焼けたかも・・・ というわけで、自己診断はマザーボード。 大掛かりになるので新しいPCを注文することにしました、納品は1週間後、せっかくなんでそれなりのスペックにしてみるものの、新しいオフィスまでつけても前のPCとほぼ同じ値段、メモリは12GB、HDDは2TB、CPUはi7の960。 問題は前のHDDからうまくデータ吸い出せるか、デジカメのデータはすべて分けてるので多分大丈夫でしょう。 やはり3年毎くらいに故障するんですよねぇ(^^;

メインPC起動せず

ここのところ一回で起動しないことが何回かあって、今日はぜんぜん駄目になってしまいました。(TT) HDDは動いてる音がするんですが、BIOS画面が出せない、HDDのクラッシュかと思いましたが、ひょっとしたらマザーボード? BIOS出せればブートドライブを変えて起動できるんですけどね。 っつか、Windowsアップデートが中途半端に終わってからそもそも調子悪いし、そろそろXPとはさよならでしょうか? ちなみにメールチェックができませんのであしからず(^^;

旧北上川河口

奥が上流方向、手前が河口方向で、画像に見える橋は日和大橋といいます。 3/11の地震で橋は残っているものの周囲はすっかり変わり果てた姿となってしまいました。 情報によると、ここから8km上流地点まで津波は遡上したとのこと。 左を向いて河口方向です。 灯標が見えますが、そこが海と川の境目と思っていただいてよろしいかと思います。

旧北上川沿い

対岸が登米市豊里町、手前が石巻市桃生町です。 新旧分けた北上川はゆったりとたっぷりとした流れで、途中に「迫川」「江合川」を集めて石巻市内へ注いでいきます。 実は、迫川・江合川合流点の撮影と石巻市内の撮影がまだだったのですが、大地震の発生により当面はしない方向で行きたいと思います。 ただ、石巻の河口は撮影しているので後日紹介いたします。

前輪から?!

アメリカ空軍のC-130Hですが、着陸の際の姿勢がいつも見ているのとは凄く違っているので少々驚きました。 頭を下げながらスーッと降りてきて、前輪から着陸、画像をよく見ていただけると分かるかと思いますが、前輪から白煙が出ています、後輪は実はまだ接地していません。 こういった降り方ってあるんですね。 バウンドすることもなく地面に吸い付くように着陸しました。

U.S. Air Force C-130H

いわて花巻空港に着陸したアメリカ空軍の輸送機。 アメリカ軍の飛行機が日本の民間空港に着陸することは非常時を除いてまずあることではなかったが、エプロンにつけて大量の物資を降ろしまた飛び立っていく姿を見ると、やはり今回の震災がどれだけの衝撃を世界に広げたか、そしてどれだけ援助をしてくれているかを改めて垣間見た気がしました。 空港は自分の家から車で15分くらい、時々様子を見に来ていました。 地震直後は全国各地の防災ヘリ・ドクターヘリが集結し沿岸部で被災した方や病気が悪化した方などを内陸の病院へ搬送していました。援助隊も各地から集結、全国共通波はすべて24時間使用されている状態でした。 次第に、状況も変わり徐々に地元の空港や常駐の地へ帰投し入れ替わるようにこういった輸送機がたくさん下りてくるようになりました、また偵察などのために海上保安庁の機材や国土交通省の機材が今は花巻空港と沿岸部を行き来しています。

脇谷洗堰と脇谷閘門

北上川の分流地点には2つの堰が設けられています。 脇谷洗堰(わきやあらいぜき)と鴇波洗堰(ときなみあらいぜき)で画像は 鴇波洗堰の下手にある脇谷洗堰と脇谷閘門です。 閘門の画像が見えてないので良くわからないと思いますが、用は船の通り道です、新旧の流れで実は高低差がありますので二つの門を利用して高低差を調整して船がスムーズに行き来できるようにしているものです。

北上川の分岐

しばらく紹介が止まってました北上川のシリーズですが少しずつ再開します。 ここは、旧北上川と新北上川の分岐点です。 向かって左が旧北上川で手前が新北上川の流れです、石巻は度重なる洪水に悩まされており、明治44年にここから北上町のある追波湾まで注ぐ派川(はせん:枝分かれした川)を利用して開削工事を実施、23年の歳月をかけて放水路としての新北上川を作り上げました。

釜石港

釜石港でもここは一番奥まった場所で、観光船「はまゆり」の発着場等がある場所です。 画像中央のクレーンがありますが、真ん中より上の部分を津波が通過する映像にその高さを知り驚きました。 観光船「はまゆり」はどこにいたのでしょう? 新聞に掲載された画像で大槌町?の民家の上にのっかてしまっているものがありました、双胴船のその形は「はまゆり」と直ぐに分かるものでした。

吉里吉里

大槌町の隣町になります。 大槌町は、地震直後に災害対策本部を立ち上げる準備中に町長をはじめとする多くの方が犠牲になった事で報道されています。 山をひつつ隔てて北側へ国道45号線を進むと吉里吉里という集落があります。 吉里吉里漁港と言うのがああリ多くの漁船が出入りしていました。 この地区は報道されていませんが、恐らく被害は甚大なものと思われます。 この高台から写した町並みと反対側は太平洋が一望できます。とても美しい眺めでお気に入りの場所でした。 追記 3/27IBC岩手放送で吉里吉里の様子が放送されました、やはり壊滅的な被害を受けていました。しかし、この地区の人々は団結力が強く、直後から災害対策の部署を独自に立上げ自分達で道路を確保したり自前で風呂を作るなど凄いと思いました。

一瞬の出来事

空を見上げたら、旅客機が見えて、あれ?と気がつくと水色の機体がクロスする感じで飛んでくるのが見えました。 C-130Hとの交差シーン、ちょうど真下にいたということになります。 もちろん高度差は保たれているので航行に支障のあるものではありません。 いわて花巻空港発着の羽田線はネットで見る限りは2往復ともほとんど満席? 東北新幹線の盛岡と福島の区間は5月いっぱいかかるような話も聞こえてきます。 JR東日本による復旧作業があちらこちらで本格化しています、その間の東京往復の部分は高速バスと飛行機が担っています。

航空自衛隊 C-130H

1960年頃から製造され、世界中で活躍している戦術輸送機でベストセラーとも称されいる機体です。 日本では1984年頃から導入を開始し、航空自衛隊の小牧基地の第401飛行隊に所属しております。 今まさにこの輸送機が大活躍をしています、「キャメル」と言うコールサインで大量の物資の輸送や重機の輸送を担っています。 海外派遣で使用された水色の機体も飛来しているようです。 このように、10万人体制とも言われている自衛隊の方々の活躍には心から敬意を表しますとともに、どうか被災された多くの方々に安心感を与えてください。 全長:29.79m 全幅:40.41m 全高:11.66m 最大離陸重量:70.305t 動力:アリソン・エンジン社製T56-A-15ターボプロップエンジン ×4 出力:4,910ehp(3,423kW)×4 最大積載量:20t 貨物室:1,200x313x281cm 最大速度:335knots(約620km/h) 巡航速度:550km/h 航続距離:搭載量20tの場合 約4,000km (9tの場合 8,200km)

Royal Australian Air Force C-17

震災後、各国の援助が寄せられている中で、大型輸送機を飛ばしているのは自衛隊とアメリカ軍と、このオーストラリア空軍 オーストラリア空軍のC-17輸送機は親善の目的で定期的に来日している経緯があるようで、被災地の中での物資輸送を担っています。 このような輸送機の特徴で離陸距離が非常に短いため滑走路の短い空港でも離着陸が出来、場合によっては不整地の着陸も出来ます。 医薬品や水などを運んで活躍しています、頼もしくもありありがたいものであります。 全長:53.0m 全幅:51.8m 全高:16.8m 巡航速度:M.0.77 エンジン:P&W F117-PW-100ターボファン(18,460kg)4基 最大離陸重量:265.35t 最大積載量:77.519t

いわて花巻空港 3/23

今日は午後から休み、10日ぶりに給油をしたので少し様子を見に行ってみました。 先週から定期便が復旧、さらに花巻⇔羽田線の臨時便でMD90を使用するなどかつてない慌しさに包まれています。 旧ターミナルへ多く活動していた防災ヘリ・ドクターヘリも数が減り救助から物資輸送にシフトしたことが伺えます。 新ターミナルに見えるのは、小牧基地のC-130H、羽田線のMD90、右の大きなものはオーストラリア空軍のC-17輸送機、いわて花巻ではC-1が降りてきたときでも大きなと思ったのですが、C-130Hはさすがに目立つくらい大きいな・・・、と思ったら、C-17が降りてきてさらにその大きさに・・・ 物資をおろし30分程度で仙台方面へ行きました。

C-130H

コールサインは「キャメル」 毎日のようにいわて花巻空港へ物資を輸送しています。 今日は、家の上空で比較的低い高度で旋回していきました。 陸海空の自衛隊の方々が大活躍をしています、感謝の気持ちでいっぱいであります。 まだまだ復興への道のりは長いです、この先もよろしくお願いします。

アナログ

旧式と言う意味でのアナログなのですが、今回の大規模災害において通信手段としての携帯電話は機能しなかったので、災害伝言ダイヤルを利用できない、携帯からのネットも繋がらない。 一般加入電話は電気式のFAX付の設備のため停電のため使えない、昔の黒電話を今のモジュラージャックに改造したのが部屋の奥に捨てずに残っていた、それを引っ張り出してきて接続、するといきなり電話がかかってきた、親戚でした「大丈夫か~?」 プッシュ回線なので黒電話のようなパルス式の場合は受け取れてもかけることが出来ない、なのでDTMF信号、つまりプッシュトーンを発生させるアプリが携帯に入っていたので相手先の電話番号を入力し受話器の話す側で「ピポパポ・・」と鳴らすとかけることが出来る。 それでも、NTTの局内でのダメージが大きくなかなか繋がりにくいもの停電時でも電話をかけられるのです。 最近、光回線引いてますよね?光電話にしませんかといわれたが停電の下で使用できたのでしょうか? 災害は必ずやって来る国なのですから、災害に強いのはアナログ機器なのではないかと思う今日この頃。 テレビも電池では駆動できない(携帯・ポータブル除く)、ラジオが活躍しましたもの。 懐中電灯はさすがに新しいものほど良かった(^^; 一番活躍したのはLEDのめっちゃ明るいやつ、天井に向けておくと間接照明のごとく部屋全体を明るくしてくれます。古い懐中電灯は使用している電池が単1もしくは単2電池でこれがなかなか手に入らなかった、LEDの懐中電灯は単3か単4。 エネループも活躍したが、充電が出来ない(^^; なんだかんだ言っても普通の乾電池はなくなってはいけないのだと痛感。 テレビは車でみました、ショッキングな映像はラジオで聞くよりリアリティがあり事の重大さを知る上では良かったのですが、よく考えりゃ車のテレビもチデジカしなきゃならんのですよ。 暖房! 灯油の反射式ストーブを引っ張り出してきて使いました、これなかったら寒さに凍えたことでしょう。 ガス! 軒下にガスボンベのある旧式のスタイル、しかしこれが良かった、ガスは配管確認して復旧ボタンを押せばその日から使えた、漏れてれば直ぐ止まる仕組みだから安全。 よくも悪くもアナログ的な部分って少しは残しておいたほうが良いんじゃないのかなと思うのです。

使用不能

大地震の津波は松島基地も襲ったわけで、F-2やT-4、U-125A、UH60JなどブルーインパルスのT-4以外は全て使用不能になってしまったようです。

消防無線

3/11の消防無線の録音ファイルを1週間たって聞いてみた。 発生時刻の少し前に花巻RDOのやり取りが録音されていて、その後「震度4の地震発生」とどこかの消防が発した後、スキャンが回りどこかの消防が「震度・・・」まで聞こえたがそれ以外は警報音が鳴り響くだけの状態が録音されていた。それ以降は停電のため途絶えており復旧したのは13日になってからのことでした。 加筆 地震発生時の録音ファイルを聞きなおすと、どうも盛岡消防本部のプレストークスイッチがONの状態で、「強い揺れに注意してください・・・」のあとは通信室の中がガサガサなっているような音と警報音が鳴り響く様子でした。 同時に、ノイズレベルのアップ、揺れが大きくなるにしたがって聞きなれないノイズが増えて行きました。

AISからわかること

こちらの ページ で船舶の動静がわかるものがあります。 これは、昨晩の様子ですが写ってるほとんどの船舶が海上保安庁、海上自衛隊、水産庁などです。 海上自衛隊は防衛上の理由から全ての船舶がAISの電波を発射してるわけではないので、一部です。 今日は、水産庁の漁業監視船が牡鹿半島の孤立集落に入り、物資を届けメッセージや安否情報などを受け取ってきています。 海からの活動も活発になってきました。

応援隊

今日は、アンテナの修繕のために部品を買いに出かけました。 自動車のガソリンはできるだけ減らしたくないので自転車で、坂道を漕いでると後ろから救急車が来ます、わたくしの横を過ぎていった救急車は「箕面消防」大阪からですね。 お昼頃は、大分からの応援隊が当地を経由し沿岸方面へ向かっていきました。

高圧放水車

これは、矢本飛行場の科学消防車で、空港には必ず配備されています。 だいぶ前に、ローゼンバウアー社やシデス社の高圧放水車を紹介しました。日本ではモリタが作ってます。 そんなこんなで紹介しようとストックしていた、航空自衛隊のこの消防車が、今日本を救うために懸命の作業をしています。 福島の原発の情報は錯綜していて何がどのようになっているのかつかめていない状況、とにかく冷却させるために海水をくみ上げ高圧で放水し、被爆の危険もある中で作業をしている方々にはがんばって頂きたい気持ちでいっぱいであります。

燃料

今朝方被災地へ向けたと思われるタンクローリーが数台東進して行ったようです。 燃料の供給も次第に追いついてくれることを祈ります!!

3/11

この記録ではM7.9ですが最終的にはM9.0まで引き上げられました。 自分の住んでるところは震度5強ということだったが、震度5弱の宮城県北部などと比較すると桁違いに大きかった気がする、これで5強?ならば震度7って・・・ 想像もつかないです。 9日はM7.3の地震が起きています、テレビの解説者は宮城県沖地震との関連性はないときっぱり否定したが、この9日の地震が前兆であったとの見解が示されています。 各局、それぞれの見解を持った識者が登場するので恐らくテレビによっては違うことを言っていたのではないのか気になるところです。 前兆だから気をつけよと言った場合、それはそれでパニックになるでしょう。 やはり普段からの備えなのだと痛感しました。

全国各地からの応援隊

自分のところは一段楽したものの、今後の燃料などの供給が不透明なので家からは出られずにいるので全国共通波などをワッチしていると、次から次へと各方面から消防の応援隊が到着している様子がわかります。 地元消防は地元管内の災害に対する事案がある程度収束したため、応援隊の受け入れと災害地までの(途中まで)の先導を行っているようです。 本格的な応援体制が整いつつあるのを実感し涙が溢れてきます。

E5系 はやぶさ 3/11

3月11日撮影の「はやぶさ」です。 撮影場所は北上駅で午前10時19分頃、この撮影の数時間後に大震災は起きました。 自分の家の後片付けは後にして、消防団のポンプ車で警戒・被害状況の把握のために出動、他の分団が報告する無線の中に耳を疑うものがありました、「東北新幹線橋脚一部崩落、架線柱倒壊」というもの。今後復旧するまでに数ヶ月間要することが容易に想像できました。 当面走ることのないE5系「はやぶさ」です。

地震発生時を振り返る

お昼の営業がひと段落し、お座敷に2組のお客さんを残すだけ、カウンター席にはUSENの営業の方がいていろいろお話していました。 そのUSENの方のお会計が終わった頃、レジ付近のテーブルにおいてあったかみサンの携帯の緊急地震速報が鳴ったと同時に揺れが来ました。 最初は様子を見てましたが、次第に大きくなる地震に、ただものならぬ気配を感じ、お客さんのところに駆け寄り安否を確認、1組はどうも消防関係の方のようで「落ち着いてください!頭を伏せてください!」と大声で呼びかけて回ってくれました、もう一組は盛岡からいらっしゃたご婦人方、自分がそちらに移動する際天井からの落下物に頭を直撃されるも、角が丸かったたため負傷なし(痛いけど(^^; ご婦人方は、慌てふためいて外に出ようとしていたが、既にガラスなどが散乱していたため危険と判断しお部屋にとどまる様促し、そこで揺れが収まるまで声をかけ続けました「大丈夫!大丈夫!」 1分以上揺れが続いたでしょうか、少し弱くなった頃を見計らい、避難誘導開始。 隣にいた消防関係の方が誘導に協力してくれた「ガラスが散乱しています、靴を履きましょう!」 この方々には本当に助かりました、心から感謝です。 従業員も全て屋外へ退避、北上川の水の色があっという間に茶色ににごり、周囲に響く轟音とまだ続く揺れに「本当にヤバイ」と認識。 従業員とお客さん、身内の安否確認、上の娘が二駅離れた花巻にいるがしばらくして連絡が取れ無事とのこと、帰る足がないので友人の家にお世話になると言っていた、下の娘は中学校ですぐ近くの距離、避難してると思うので一応大丈夫と判断、すぐさま消防団の半纏を着て警戒活動に出動しました。

大地震

電力回復、PCがやっと使えるようになりました。 まず、周囲の関係者人物は身内は無事で。 自分の店の被害状況、建物はガラスも割れることなく無事でしたがあちらこちらに隙間が出来ました。 食器類の半分は使い物にならず、冷酒関係グラスはほぼ全滅。 水道の普及が見通したたないため営業の再開は難しい状態です。 消防団員なので寝ずの当番でしたが、幸い大きな火災の発生もありませんでしたが。道路の隆起や陥没は広範囲で確認できます。

ふがく丸 富士トランスコーポレーション

混在積載船いわゆるCGCと言われているもので大型の部類にはいります。 フェリーとは構造が異なり、客室がありませんが12名分までのキャビンは設けており、主に荷主やドライバーが利用できることになっています。 トラックシャーシを積み込んでヘッドは積み込まない点がフェリーとの区別点でもあります。 ここ数年来、この手のRORO船(CGC含む)が増えてきております。 総トン数:11,573t 全長:165.0m 全幅:26.4m 速力:20ノット 竣工:1997年 航路は良く変わりますが、2011年現在は、名古屋・仙台・苫小牧・八戸を結んでいます。

E5系 はやぶさ

天気が良く陽炎でもやもやぁ~なためちょっとイマイチでしたが(^^; 定期列車初撮影です、まずは「祝!はやぶさデヴュー」 なんか、とてもとてもE3+E2より高速で走行してるように思えないのが不思議です。 実際は速いのですが、駅構内進入時の空気の圧力変化が抑え気味なので圧迫感が非常に少なく、加えて走行音も抑えてあるが故にそう思えるのかもしれません。 なんと言う完成度! 今後、最高時速が320km/hまで引き上げられますし、盛岡以北の制限解除もいずれ期待しているところです。盛岡以北が現行の260km/hから320km/hになったら凄いです。 ただ、架線の張替えが必要となるためお金がかかります(^^;

ハッピーターンエンブラエル 離陸の動画

今年はあちこち雪が深くてなかなか空港周辺で撮影できる場所がありませんでしたが、やっとアスファルトが出現。 尚、いわて花巻空港周辺は三脚を立てて撮影するにはなかなか良い場所がありません、旧ターミナルなどは最高でしたけど。 これは、車の屋根に三脚を載せて撮影(^^; 屋根は結構薄いもんで真ん中踏んだら「べこーん」となるのが容易に想像できたので縁に立って実行(^^; クロカン車で屋根にキャリアつけた仕様が欲しいなとちょくら思いました。

あかしあ 新日本海フェリー

舞鶴⇔小樽を結んでいます。 このフェリーは1軸プロペラ推進とポッド推進システムを2重反転構造にした画期的な高速フェリーであります。 ポッド部分にはABB社のAzipodシステムが採用されており、これはエンジンで発電された電気でモーターをまわしプロペラに伝えて推進力を発生させます。そしてそのポッドごと回転するために港内などでの小回りが効いて操船においても優れた効果を発揮しています。 実際、このフェリーは32ノット程度の速力で運行されています。船体も巨大船に分類されるため今までは200m未満のフェリーばかりでしたがとうとうそれを打ち破り224,5mと長くスマートに見える大きなフェリーです。 舞鶴⇔小樽航路はその距離から2隻でのデイリー運行が難しく、3隻使用してデイリー運行にこぎつけていましたが、この「あかしあ」と姉妹船の「はまなす」登場により2隻で可能となりました。 全長:224.5m 全幅:26.0m 総トン数:16.810t 機関:Wartsila 12V46C 12,600kW×2 Azipod×1 建造:2004年6月 参考文献は こちら

400系

山形新幹線、完全な新幹線規格ではない、在来線の改良区間を走行するいわゆるミニ新幹線といわれていたものです。 東京⇔新庄で活躍しました、しましたというのはこの車両は既に全てが退役しています。 登場したのはつい最近の事の様に思えるのですが18年も前のことになります。 福島駅で分岐し奥羽本線の標準軌区間を運行しました。 200系とほぼ同一のサイリスタ位相制御、発電ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキを採用し抑速ブレーキも装備しています。今はインバータと交流モーターの組み合わせが主流ですが、直流モーターを搭載した新幹線車両は、400系まででした。 今現在はE3系にその座を譲っています。 撮影場所は仙台駅、利府の車両基地に入るために回送されてきたものです。

ジョイフルトレイン ふるさと

キハ40系・48系をお座敷列車に改造したジョイフルトレイン、いわゆるイベントや団体旅行などの貸切用の列車で御座います。 ふらっと立ち寄った奥羽本線の大釈迦駅だったかなぁ・・・ 雪が深くて車を止める場所もないほどでしたが、駅の近くで遮断機のない踏切へ行く道に開けた場所があり、ちょっとだけ停車しカメラを持って出たらいきなりやってきたという(^^; わかってたらもう少し良いショットが撮れたと思います(^^;

OH-1

陸上自衛隊の観測ヘリ「OH-1」 なんか色が違うなと思ったら、これは冬季迷彩色というものだそうで、なるほどスノースキッドも装着して完全冬仕様ですなと。 テールのダクテッドファン型は「むいぃーん」という独特の音を出しますね。

701系 秋田車

東北地区の701系といえば、沿線事情にそぐわないオールロングシートや製造コストダウンで耐用年数を短くしたいわゆる走るんです構想でおなじみ(^^; 平成5年に登場し、この秋田地区の奥羽本線・羽越本線の50系や12系客車から置き換えられていきました。 まもなく20年を迎えることになるわけですが、初期車両は様々な更新を受けバリバリに活躍しています。 この車両も、パンタグラフが交換されているのがわかります。まだまだ使い続けられる事でしょう(^^; この701系は様々な派生車があり、路線によってカラーも違いますし、標準軌仕様なんてのもあります。オールロングではなく一部クロスシート配したものなど多岐にわたりますので東北路を旅するときはその辺も見てみると面白いかも(^^;

C-1輸送機

松島基地で撮影をしていると時々遭遇する事があります。 この日はRWY33(海側)からずどーんと現れ、しばらくした後RWY33から離陸して行ったものです。 離陸時は浮いたと思ったら結構急な角度でくいっとあがっていきました。 入間基地所属のC-1輸送機は第2輸送航空隊所属の航空機、川崎重工がわたくしの生まれるあたりの昭和45年頃に初号機を飛ばし正式導入から30年を迎えるものであります。 恐らく、これは自衛隊内の定期便と思われます、人員や物資の輸送のために定期的に飛行しているものです。 その容姿からは想像し難いのですが、かなりの性能を有しており、航空際などではその高機動ぶりを披露しているようです(^^)

ズバリ 旅!

この「旅」と一文字かかれたバスは宮城県の松島町に本社を構える貸切バスの運行などを行っている通称「旅バス」の日本三景交通株式会社の最新型バスです。 東北路を車などで移動しますと、時々見かけるかもしれないこの一文字 いいっすねぇ「旅」 シンプルイズベスト!!まさにそのものであります。 車種はHINOのセレガですね、エンジンはE13C型といい、排気量12,900ccの直列6気筒エンジンで様々な仕様がありますが、360psから520psで185kgから220kgまでのトルクを発生させるラインナップがあります。 従来、400psを超えるようなエンジンの場合V型になるのですが、520psあたりまで直列6気筒で可能になり車両自体の軽量化に貢献しています。 このでかいボディが・・・ 6気筒エンジンだったなんてつい最近まで知りませんでした(^^; で、つい最近までのモデルは空調用のサブエンジンを積んでいたのですが、このあたりからは直結式になっています、その結果熱交換器が屋根上に配置され上から見るとファンが見えます、先頭上部の膨らみはその空調機器部分です。

ブルーインパルス 逆光画像③

このT-4は航空自衛隊の中等練習機で、特にブルーインパルスに用いられてるものは戦技研究仕様とされ、低高度警報装置の追加やラダーの制限角度変更、バードストライク対策、スモーク発生装置などといった様々な項目が追加されたスペシャル仕様となっています。 純国産機で川崎重工・三菱・富士・IHIなどの合作となっており、一級の性能を有します。

ブルーインパルス 逆光画像②

相当なGがかかってるんでしょうなぁ・・・ 遊園地のジェットコースターで青い顔してるわたくしには・・・(^^;

ブルーインパルス 逆光画像①

ブルーインパルスは空を縦横無尽に飛び交うため、時として逆光の条件の悪いショットになってしまうこともありますが、それはそれでなかなか味のあるよく言えば別の迫力を醸し出す画像になるかなぁなんて、ちょっとコントラストなどをいじってみました。

JA8257 B767-300

中型の双発旅客機です。 以前紹介したB757とほぼ同じ時期に開発が進められており、コックピットなどを含めた多くの部分の共通化が図られています。 客室内は2列の通路を設けることが出来るのでワイドボディ機に分類されるのですが、床下の貨物室が小さく、LD3というコンテナが並列に2つ並べることが出来ないためにセミワイドボィ機と表現されています。 全長:54.9m 全幅:47.6m 航続距離:9700km 巡航速度:マッハ0.80 エンジン:ゼネラル・エレクトリック製CF6-80型(約29,500kg)

JA869A Beechcraft King Air350 「はくたか」

海上保安庁第2管区海上保安本部仙台航空基地所属 ビーチエアクラフト社が開発した双発ターボプロップ機、地元岩手でも海上保安庁のミッションを航空Vで聞くことが出来ますが、良く登場するコールサインの機体です。 全長:14.2m 全幅:17.7m 全高:4.4m 自重:4366kg 最大離陸重量: 6804kg 発動機:ターボプロップ2基 出力:1050馬力×2 最高速力:263kt 巡航速力:224kt