仕事をしていると聞きなれないコールサイン。「ジュリエットアルファーツゥーワンマイクエコー」…、はて?
気になって検索してみると、これはこれは珍しい、国産ヘリのMH2000Aではないですか。
少し仕事をさぼって花巻空港へ急ぎました(笑)
非常に独特のフォルムであります、テイルブームが胴体と一体になっているので、室内が広いのが容易にに想像できますし、エンジンなどの駆動部分がコックピトに対して結構後方にあります、テイルはドーファンだし(^^;
普段はあまり使用しない東北道の花巻ICでおりて旧ターミナルに到着、旧ターミナルに直行する場合はこちらが早い。
ちょうどエンジンが回り始め離陸の準備をしているところでした。
メインローターが回ってるもののあまり音は聞こえませんでしたが、エンジンが回転を上げるとこれまた独特な音が聞こえてきます。「ふぉぉーん」とうなりを上げながら回転数が上がっていきます。
音を例えるならなんだろ「ヒャーン」かな「ヒョーン」かな「ヒャーンパパパパパパ」かな(^^;
2011年5月31日火曜日
2011年5月28日土曜日
破壊機救難消防車 A-MB-2 東急車輛
松島基地での撮影ですが、帰って来て画像チェックしてびっくり、築城基地所属の化学消防車ですね。
矢本飛行場に行くと不測の事態に備えて滑走路の端でいつも睨みをきかせています。
ですので、この車輛がいるときは必ず飛ぶものがあると言う事でもあります。
デザインもなんとなくレトロチックですが、それもそのはず、30年以上も前のデザインであります、製作したのは東急車輛、この手の化学消防車はモリタなどが多いですし、NIKKIなどもあります。民間航空はモリタ製が多いですし、舶来物のシデス社やローゼンバウアー社なども多くなりました。
民間航空とは違うのは、消火だけではなく破壊された戦闘機などから救助するための設備が積んであることです、言うなれば化学消防救助工作車でしょうか。
矢本飛行場周辺ですが、フェンスの類は流されてありませんですし、海側にある運河も雰囲気が変わってしまっています、周囲の田んぼにはすべて海水が流れ込み貯まったままです。
矢本飛行場に行くと不測の事態に備えて滑走路の端でいつも睨みをきかせています。
ですので、この車輛がいるときは必ず飛ぶものがあると言う事でもあります。
デザインもなんとなくレトロチックですが、それもそのはず、30年以上も前のデザインであります、製作したのは東急車輛、この手の化学消防車はモリタなどが多いですし、NIKKIなどもあります。民間航空はモリタ製が多いですし、舶来物のシデス社やローゼンバウアー社なども多くなりました。
民間航空とは違うのは、消火だけではなく破壊された戦闘機などから救助するための設備が積んであることです、言うなれば化学消防救助工作車でしょうか。
矢本飛行場周辺ですが、フェンスの類は流されてありませんですし、海側にある運河も雰囲気が変わってしまっています、周囲の田んぼにはすべて海水が流れ込み貯まったままです。
2011年5月26日木曜日
石巻市内で受信した消防無線など
先日、矢本~石巻にかけて行ってきました、消防無線を傍受しながら車を走らせていました。
石巻あたりですと、福島市や相馬市あたりの電波もモービルアンテナで十分受信が出来ます、しかし昨日受信した内容で今の現状を示している交信がありました。
親局は恐らく川内村の消防本部で移動局は富岡町あたりの海岸沿いを捜索するもの、一定時間ごとに捜索状況の報告と空間放射線量の報告があります。
原発周辺で盛んに捜索活動が行われていることがわかりました。
救急搬送の内容も、被災した方の体調不良などが多いですね、陸に上がった海の砂が風に舞って街が霞んでいました。
石巻あたりですと、福島市や相馬市あたりの電波もモービルアンテナで十分受信が出来ます、しかし昨日受信した内容で今の現状を示している交信がありました。
親局は恐らく川内村の消防本部で移動局は富岡町あたりの海岸沿いを捜索するもの、一定時間ごとに捜索状況の報告と空間放射線量の報告があります。
原発周辺で盛んに捜索活動が行われていることがわかりました。
救急搬送の内容も、被災した方の体調不良などが多いですね、陸に上がった海の砂が風に舞って街が霞んでいました。
SUPER LINER OGASAWARA TSL
スーパーライナーオガサワラ、その名の示す通り小笠原諸島への輸送力増強と時間短縮を図るべく国家プロジェクトとして開発・建造された高速貨客船です。
フェリーじゃないんです(^^;
原油高の煽りを受け、事業撤退、長らく係船されており解体だ転用だ改造だの議論されてきたものであります。
ここは、石巻の工業港、被災した石巻の方々へ短期間の滞在と食事の提供をするために活用されています。
ライフラインはだいぶ回復したとはいえ、津波をかぶったところはがれきの撤去でライフラインの再建は出来ないのが現状です。
そこで避難生活をされている方を対象に、お風呂に入ったりゆっくり休める場所を提供する任務に就いているわけです。
これは、小笠原諸島の航路事情を考慮し、フェリーではなく貨客船として建造されています、推進力を得るためのウォータージェットを駆るエンジンに加え、浮力を得るためのエンジンも4基持っています、つまり浮力を生み出しそれに推進力を加えることによって高速で安定した航行が出来るというものです。
しかしながら、燃料は軽油でかなり消費するようです、原油高で採算が合わなくなってしまったのです。
燃料バカ食いですから売ろうにも売れない、改造しようにもお金がかかる、フェリーじゃないから使い道が限定されてしまう…
解体するにもお金が…
どうにもこうにも行かない船なんだそうで(^^;
わたくしが見た印象では、大きい船なんですけどキャビンなんかはそんなにいっぱいあるようには見えず、コンテナ積むエリアもそんなにいっぱいない…、どんな構造になってますのか(^^;
フェリーじゃないんです(^^;
原油高の煽りを受け、事業撤退、長らく係船されており解体だ転用だ改造だの議論されてきたものであります。
ここは、石巻の工業港、被災した石巻の方々へ短期間の滞在と食事の提供をするために活用されています。
ライフラインはだいぶ回復したとはいえ、津波をかぶったところはがれきの撤去でライフラインの再建は出来ないのが現状です。
そこで避難生活をされている方を対象に、お風呂に入ったりゆっくり休める場所を提供する任務に就いているわけです。
これは、小笠原諸島の航路事情を考慮し、フェリーではなく貨客船として建造されています、推進力を得るためのウォータージェットを駆るエンジンに加え、浮力を得るためのエンジンも4基持っています、つまり浮力を生み出しそれに推進力を加えることによって高速で安定した航行が出来るというものです。
しかしながら、燃料は軽油でかなり消費するようです、原油高で採算が合わなくなってしまったのです。
燃料バカ食いですから売ろうにも売れない、改造しようにもお金がかかる、フェリーじゃないから使い道が限定されてしまう…
解体するにもお金が…
どうにもこうにも行かない船なんだそうで(^^;
わたくしが見た印象では、大きい船なんですけどキャビンなんかはそんなにいっぱいあるようには見えず、コンテナ積むエリアもそんなにいっぱいない…、どんな構造になってますのか(^^;
2011年5月21日土曜日
JA01FJ フジドリームエアラインズ いわて花巻
FDAの1号機であるJA01FJがいわて花巻空港に降り立ちました。チャーターでは一度来ておりますが、今回は定期便としての飛来であります。
いわて花巻⇔中部セントレアが休止されて久しいですが、県営名古屋を利用する形でFDAが名古屋便を復活してくれました。
当面は土日、その後木土日で8月以降は1日1往復を予定しています。
いわて花巻の時刻表にはE175表記なので3号機もしくは5号機が飛来するかと思いましたが1号機でした(^^)
初日ということもあり。放水の歓迎を受けておりました。
いわて花巻⇔中部セントレアが休止されて久しいですが、県営名古屋を利用する形でFDAが名古屋便を復活してくれました。
当面は土日、その後木土日で8月以降は1日1往復を予定しています。
いわて花巻の時刻表にはE175表記なので3号機もしくは5号機が飛来するかと思いましたが1号機でした(^^)
初日ということもあり。放水の歓迎を受けておりました。
いわて花巻空港 ANA 20日
ANAの岩手チャーター便はあと23日の便がありますが、23日は仕事の都合で行けるかわからないので、たぶん見納めとなると思います。
少々風が強かったです。
今回は震災による影響でのチャーターですので今後はないかと思いますが、たとえば復興に向けた動きが活発になる中でJALだけでは難しいときなどの助っ人して来てくれるとありがたいかもしれません!
少々風が強かったです。
今回は震災による影響でのチャーターですので今後はないかと思いますが、たとえば復興に向けた動きが活発になる中でJALだけでは難しいときなどの助っ人して来てくれるとありがたいかもしれません!
2011年5月20日金曜日
八戸 三菱製紙八戸工場
2003年12月の撮影ですのでずいぶん古い画像ですが(^^;
三菱製紙の八戸工場です、港に隣接しているので今回の津波の被害を受けました。
仕事が終わって翌日は休みとなると夜な夜な撮影に出かけたものです、八戸港に着くと波の音と工場の操業する「ごー」という音が好きでございます。
三菱製紙の八戸工場です、港に隣接しているので今回の津波の被害を受けました。
仕事が終わって翌日は休みとなると夜な夜な撮影に出かけたものです、八戸港に着くと波の音と工場の操業する「ごー」という音が好きでございます。
荒浜
ここは若林区の荒浜です。
とても好きな場所の一つです!
画面中央の建物が消防ヘリポートです、仙台市消防局荒浜分署と宮城県防災航空隊が使用している建物です。
その奥には松原があったはずですがすっかりまばら。
もともと、この辺は水田です、砂が入ってしまったので陸続きのようにも見えますが、本来はちゃんとく畦道もあり青々とした風景が広がっているはずでした。
ここが元の田んぼへ戻るのは何年後でしょうか、記録映像として掲載しようと思います。
ここからもう少し南へ下ると、名取川があり閖上地区があります、豊富な水揚げ量を誇る閖上港も瓦礫の堆積で近づくことが出来ません。
とても好きな場所の一つです!
画面中央の建物が消防ヘリポートです、仙台市消防局荒浜分署と宮城県防災航空隊が使用している建物です。
その奥には松原があったはずですがすっかりまばら。
もともと、この辺は水田です、砂が入ってしまったので陸続きのようにも見えますが、本来はちゃんとく畦道もあり青々とした風景が広がっているはずでした。
ここが元の田んぼへ戻るのは何年後でしょうか、記録映像として掲載しようと思います。
ここからもう少し南へ下ると、名取川があり閖上地区があります、豊富な水揚げ量を誇る閖上港も瓦礫の堆積で近づくことが出来ません。
2011年5月19日木曜日
JG2968 CH47J
チヌークが愛称のタンデムローターの大型輸送ヘリです。
よく見たら後ろのハッチが開いてますな
霞目に3機駐機、あとから来て着陸し4機もいると圧巻です。
最初のモデルが開発され使用されるようになってもう50年くらいになるそうなんですが、後継機の開発がされているのかはわかりませんがロングセラーを誇る機体でもあるようです。
もちろん、初期型からは格段に電子制御化されたりしております。
よく見たら後ろのハッチが開いてますな
霞目に3機駐機、あとから来て着陸し4機もいると圧巻です。
最初のモデルが開発され使用されるようになってもう50年くらいになるそうなんですが、後継機の開発がされているのかはわかりませんがロングセラーを誇る機体でもあるようです。
もちろん、初期型からは格段に電子制御化されたりしております。
2011年5月16日月曜日
JA119J Bell412EP せんだい
仙台市消防局の新ヘリで「せんだい」としては2代目になります。
震災で受領が遅れなおかつホームベースになるはずの荒浜が被災し使用できないため、霞目飛行場をベースに活動しています。
新ヘリが受領されてからいきなりフルに活躍しているようです。
震災で受領が遅れなおかつホームベースになるはずの荒浜が被災し使用できないため、霞目飛行場をベースに活動しています。
新ヘリが受領されてからいきなりフルに活躍しているようです。
仙台市消防局
高P1と若P1
高砂ポンプ1と若林ポンプ1と思われます。
実は、霞目駐屯地から東北放送ラジオ送信所付近を走行し、宮城県道10号線に出ようとしました、仙台東部道路を挟んで景色が一変するわけですが、途中煙が出ている場所がありました。
瓦礫を燃やしているのか?と思い横を素通りし、荒浜分署が見えてきたあたりで消防仙台から警戒情報が出てポンプ車が出動したようなので受信機で住所を聞いてるとどうも今通ってきたとこらしい、少し戻り様子を見ていました。
この2台のポンプ車以外にレスキュー車1台が来ました。
原因は不明ですが何かが自然発火したと考えられるかもしれません。
津波により、何が流されてきてるのか不明な場合もあるとおもうのでこの場合は化学とか出さないのでしょうか?
また、すっかり不整地になってしまい、路肩の崩落などで道幅が狭くなっているこの地域ではこのタイプのポンプ車は身動きが取りにくそうでした。
水利確保できませんから比較的小型のポンプ車+水槽車、場合によっては化学車を組んで出場させるのがベストかなーなどと考えてしまいましたが…
あー?でも最近は水槽付ポンプ車に薬剤もつんでるものありますねぇ。
木材が燃えてるだけならいいのですが、化学薬品だったりすることも想定できますよね。
これから気温が上昇しますし、どんな拍子で自然発火するかわかりませんので注意が必要と思われます。
高砂ポンプ1と若林ポンプ1と思われます。
実は、霞目駐屯地から東北放送ラジオ送信所付近を走行し、宮城県道10号線に出ようとしました、仙台東部道路を挟んで景色が一変するわけですが、途中煙が出ている場所がありました。
瓦礫を燃やしているのか?と思い横を素通りし、荒浜分署が見えてきたあたりで消防仙台から警戒情報が出てポンプ車が出動したようなので受信機で住所を聞いてるとどうも今通ってきたとこらしい、少し戻り様子を見ていました。
この2台のポンプ車以外にレスキュー車1台が来ました。
原因は不明ですが何かが自然発火したと考えられるかもしれません。
津波により、何が流されてきてるのか不明な場合もあるとおもうのでこの場合は化学とか出さないのでしょうか?
また、すっかり不整地になってしまい、路肩の崩落などで道幅が狭くなっているこの地域ではこのタイプのポンプ車は身動きが取りにくそうでした。
水利確保できませんから比較的小型のポンプ車+水槽車、場合によっては化学車を組んで出場させるのがベストかなーなどと考えてしまいましたが…
あー?でも最近は水槽付ポンプ車に薬剤もつんでるものありますねぇ。
木材が燃えてるだけならいいのですが、化学薬品だったりすることも想定できますよね。
これから気温が上昇しますし、どんな拍子で自然発火するかわかりませんので注意が必要と思われます。
2011年5月15日日曜日
JA6710 Bell412 まつしま
霞目駐屯地
仙台空港へ行ってみたのですが、いつも撮影していたポイントはなにもかもが流されて全く風景を変えてしまっていました。
保安設備も辛うじて形をとどめている状態、RWY27エンドの公園も更地と化していました。
そこから、霞目へ移動、自衛隊と宮城県警がRWY共用していますが、現在は消防仙台航空隊、海上保安庁も利用しています。
宮城県警航空隊は3機体制、「あおば」「くりこま」そしてこの「まつしま」であります。
仙台空港へ行ってみたのですが、いつも撮影していたポイントはなにもかもが流されて全く風景を変えてしまっていました。
保安設備も辛うじて形をとどめている状態、RWY27エンドの公園も更地と化していました。
そこから、霞目へ移動、自衛隊と宮城県警がRWY共用していますが、現在は消防仙台航空隊、海上保安庁も利用しています。
宮城県警航空隊は3機体制、「あおば」「くりこま」そしてこの「まつしま」であります。
2011年5月14日土曜日
ANA いわて花巻空港
5月13日
いわて花巻空港に初めてANAの機材が着陸しました。
中京圏の経済団体の要請でチャーター便を運航したもので、16・20・23日と運航されます。
いわて花巻空港はもともと、東亜国内航空が就航、JAS→JALと移っていきましたが、採算面から2社の就航は難しい路線であったため、長らくJAL1社のみの就航する空港となっています。
今回は、震災で岩手周辺への往来が増えた企業が多く、ANAがそれに応えた形となります。
尚、5/21からは週末ですがFDA(フジドリームエアラインズ)が名古屋小牧線を開設することになりました、8月からは1日1往復となります。定期便です!
いわて花巻空港に初めてANAの機材が着陸しました。
中京圏の経済団体の要請でチャーター便を運航したもので、16・20・23日と運航されます。
いわて花巻空港はもともと、東亜国内航空が就航、JAS→JALと移っていきましたが、採算面から2社の就航は難しい路線であったため、長らくJAL1社のみの就航する空港となっています。
今回は、震災で岩手周辺への往来が増えた企業が多く、ANAがそれに応えた形となります。
尚、5/21からは週末ですがFDA(フジドリームエアラインズ)が名古屋小牧線を開設することになりました、8月からは1日1往復となります。定期便です!
復活
ここしばらくブログの書き込みや表示がおかしいと思っていたら、長時間にわたってメンテナンスを行ったようでしばらく使えませんでしたが、復活したようですね。
トラブルとかメンテで使用できないとかってあまりないブログだと思ってましたけど、あるもんですなぁ(^^;
トラブルとかメンテで使用できないとかってあまりないブログだと思ってましたけど、あるもんですなぁ(^^;
2011年5月11日水曜日
2011年5月10日火曜日
新造船 いしかり
3月13日にデヴューをした太平洋フェリーの「いしかり」です!
実際には3/11に震災が起き予定通りに就航は出来ませんでした。
名古屋港で待機後、苫小牧⇔仙台へ投入されています。
船影は「きそ」とほぼ同型です。
港湾施設が被災し、目印である灯台が崩落寸前になっています。ターミナル施設も相当被害を受けています。現在、暫定ダイヤで仙台⇔苫小牧のみの運航となっています。
3/11の震災後、数日後に浚渫船が入ったのが船舶AISで確認しました、恐らく浚渫作業を行い、その後ある程度の水深を確保し災害派遣の人員・物資の海上輸送を担うために入港し活躍しました。
実際には3/11に震災が起き予定通りに就航は出来ませんでした。
名古屋港で待機後、苫小牧⇔仙台へ投入されています。
船影は「きそ」とほぼ同型です。
港湾施設が被災し、目印である灯台が崩落寸前になっています。ターミナル施設も相当被害を受けています。現在、暫定ダイヤで仙台⇔苫小牧のみの運航となっています。
3/11の震災後、数日後に浚渫船が入ったのが船舶AISで確認しました、恐らく浚渫作業を行い、その後ある程度の水深を確保し災害派遣の人員・物資の海上輸送を担うために入港し活躍しました。
2011年5月7日土曜日
追波湾
北上川と太平洋の境目です!
砂浜が広がっております!
石巻市の旧北上川の河口とはまた一味もふた味も違う北上川の河口、とても雄大な風景です。
岩手町の一角に端を発した北上川は、ここで太平洋にそそぎます。
うから順を追ってやってまいりました、北上川シリーズですが、これを持って完結といたします。
と、言いたいところなのですが。
実は、旧北上川より阿武隈川まで運河が掘られており、これが北上川を利用した物流に大いに関係したことがわかり、運河の調査も行いたいと思います。
しかしながら、多くの場所が大津波よって被災してしまいました、少しずつですがこれからの復興の様子も記録できたらと思っています。
最後に、この付近でも甚大な被害が出ており多くの方が亡くなっております、心よりご冥福を祈るものであります。
より大きな地図で 北上川撮影ポイント を表示
砂浜が広がっております!
石巻市の旧北上川の河口とはまた一味もふた味も違う北上川の河口、とても雄大な風景です。
岩手町の一角に端を発した北上川は、ここで太平洋にそそぎます。
うから順を追ってやってまいりました、北上川シリーズですが、これを持って完結といたします。
と、言いたいところなのですが。
実は、旧北上川より阿武隈川まで運河が掘られており、これが北上川を利用した物流に大いに関係したことがわかり、運河の調査も行いたいと思います。
しかしながら、多くの場所が大津波よって被災してしまいました、少しずつですがこれからの復興の様子も記録できたらと思っています。
最後に、この付近でも甚大な被害が出ており多くの方が亡くなっております、心よりご冥福を祈るものであります。
より大きな地図で 北上川撮影ポイント を表示
旧河北町付近
北上川大堰をすぎますと、北上川の流れはそれまでの南北方向から東西方向へ一気に向きを変えます、流れはほとんどわからないくらいゆっくりで、すでに汽水域の様相を呈しており、漁船の姿もちらほら見かけるようになります。
シジミなどが多く取れる区域です
シジミなどが多く取れる区域です
2011年5月6日金曜日
北上川大堰
ここはすでに宮城県の石巻市、旧河北町にあります。
本体は1974年に完成、すべての事業が完了したのが1979年。
仙石地区の上下水道、灌漑、工業用水の確保が目的です。またこの先の河口である追波湾からの海水の遡上を防ぎ塩害を食い止める目的もあります。
ここより下流は汽水域のような様子になるため、目的である塩害というのはなるほどと思いました。
なかなか壮観な可動堰であります。
本体は1974年に完成、すべての事業が完了したのが1979年。
仙石地区の上下水道、灌漑、工業用水の確保が目的です。またこの先の河口である追波湾からの海水の遡上を防ぎ塩害を食い止める目的もあります。
ここより下流は汽水域のような様子になるため、目的である塩害というのはなるほどと思いました。
なかなか壮観な可動堰であります。
2011年5月3日火曜日
自粛ムードではあるものの
GW入ってから例年と変わらないくらいのお客様に来ていただいてホント感謝の気持ちでいっぱいです。
準備期間が短かったこともあり、手に入らない食材やら従業員関係などで満足なメニュー提供が出来なくてお客様には申し訳ないと思ってます(^^;
この場所に構えてる飲食店ですからこの時期が忙しくないといけませんし、この先も頑張らねばなりません!
例年ですとGWあけに連休を取りますが、今回は仕事の都合上飛び石になってしまいますので、遠出は出来ませんが、仙台周辺に行ってみたいと思っています。
それでも連休は取ろうかと思案中で6月に取るかもしれません。
さて、GW後半も頑張ります!
準備期間が短かったこともあり、手に入らない食材やら従業員関係などで満足なメニュー提供が出来なくてお客様には申し訳ないと思ってます(^^;
この場所に構えてる飲食店ですからこの時期が忙しくないといけませんし、この先も頑張らねばなりません!
例年ですとGWあけに連休を取りますが、今回は仕事の都合上飛び石になってしまいますので、遠出は出来ませんが、仙台周辺に行ってみたいと思っています。
それでも連休は取ろうかと思案中で6月に取るかもしれません。
さて、GW後半も頑張ります!
2011年5月2日月曜日
桜満開
桜の季節です。
満開と同時に雨ですが(^^;
今日は川から霧が立ち込めてなかなか見慣れない風景が広がっていました。
でも、来客があるので外には撮影に行けず、娘にカメラを託しました(^^;
この風景は、夕暮れまで出たり消えたりしていました。
満開と同時に雨ですが(^^;
今日は川から霧が立ち込めてなかなか見慣れない風景が広がっていました。
でも、来客があるので外には撮影に行けず、娘にカメラを託しました(^^;
この風景は、夕暮れまで出たり消えたりしていました。
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