本日のお昼のテレビで、海上保安庁の仙台基地のオペレーターの音声と滑走路を津波が襲う映像が映し出されました。
緊迫した交信でしたが、後半は「もうだめだー、仙台空港使えません!」と叫んでいました。
海上保安庁の航空Vは当地でも北向けのアンテナを使用した場合よく聞こえます。
テレビからの音声のオペレータの声は聞き覚えのある方でした、地震直後から停電のために受信機が落ちたままだったので録音はされていませんでしたが、このような緊迫した交信がやり取りされていたとは…。
YouTubeにアップされた記事
2011年4月28日木曜日
2011年4月27日水曜日
花巻⇔羽田線
1985年に羽田行は廃止されました、新幹線ができるまではこの路線が最も短時間で東京を行き来できる乗り物でした。
キャンセル待ちの列に羽田で並んだ記憶があります、結局乗れなかったので列車に変更、長い時間をかけて岩手まで帰ってきた覚えがあります。
今回、震災で東北新幹線も大きなダメージを負いました、全線復旧までにあと少しのところまで来ています。
その間、首都圏への動脈を担ったのが陸路(高速バス)と空路です。
いわて花巻空港へは久しぶりにMD90がやってきました。
空港の東側からやってきて、RWY20へ低い位置で旋回しアプローチするコース。
キャンセル待ちの列に羽田で並んだ記憶があります、結局乗れなかったので列車に変更、長い時間をかけて岩手まで帰ってきた覚えがあります。
今回、震災で東北新幹線も大きなダメージを負いました、全線復旧までにあと少しのところまで来ています。
その間、首都圏への動脈を担ったのが陸路(高速バス)と空路です。
いわて花巻空港へは久しぶりにMD90がやってきました。
空港の東側からやってきて、RWY20へ低い位置で旋回しアプローチするコース。
2011年4月22日金曜日
ブルードルフィン
久しぶりのブルードルフィン(以下BD)乗船でしたが、同型船であった「びなす」には久しく載ってないことに気が付きました。
「びなす」の内装ってどんなだったかな(^^;
「びなす」もBDのように船内を改造するうわさがありましたが、進行しているんでしょうかね?
当初はBDの内装はゴージャスとも言えずシンプルともいえないなんとなくカジュアルな装いといったほうが「なるほど」と思う感じなのですが、改めて眺めてみると悪くないですよね。
表示類の判り易さはしっかり考えられているデザインと思います。
文字列とイラストで一つ一つの情報が四角で区切られて、ここは何のスペースなのかよくわかります。間接照明も多用しているのもグットで、柔らかい空間作りの必須アイテムだと思います。
まぁ、プレミアとかスイートとか使う人いるの?ってお客さんの会話の中で聞こえてきたりしますが、使ってる方いますよね何気に(^^;
ドックバルコニーもしっかり活用されていました、ホントペット同伴の車移動する方が増えたと思います。
んー、3時間50分は長いなと思うこともあれば、短いと思うこともあります。
個室利用して7時間くらい乗ってるのがフェリーの旅としては日中のクルーズとしては最高ですし、ワンナイトなら、夕方出港し、お昼過ぎに着くのがいいかなー
「びなす」の内装ってどんなだったかな(^^;
「びなす」もBDのように船内を改造するうわさがありましたが、進行しているんでしょうかね?
当初はBDの内装はゴージャスとも言えずシンプルともいえないなんとなくカジュアルな装いといったほうが「なるほど」と思う感じなのですが、改めて眺めてみると悪くないですよね。
表示類の判り易さはしっかり考えられているデザインと思います。
文字列とイラストで一つ一つの情報が四角で区切られて、ここは何のスペースなのかよくわかります。間接照明も多用しているのもグットで、柔らかい空間作りの必須アイテムだと思います。
まぁ、プレミアとかスイートとか使う人いるの?ってお客さんの会話の中で聞こえてきたりしますが、使ってる方いますよね何気に(^^;
ドックバルコニーもしっかり活用されていました、ホントペット同伴の車移動する方が増えたと思います。
んー、3時間50分は長いなと思うこともあれば、短いと思うこともあります。
個室利用して7時間くらい乗ってるのがフェリーの旅としては日中のクルーズとしては最高ですし、ワンナイトなら、夕方出港し、お昼過ぎに着くのがいいかなー
新青森駅
2010年の12月に東北新幹線が青森開業で全線開通したのは記憶に新しいところであります。
3/5からは、より速達性の高い「はやぶさ」が登場し、自分が生まれる頃の計画が完結したことは感慨深いものがあります。
3/11の震災以降は盛岡⇔新青森で自由席の「はやて」が1日10往復設定されるのみ、観光などの自粛ムードや節電で消灯ヶ所も多いですし、人の行き来もまばらで、ひっそりとしています。
また、周辺には商業施設がレンタカーとコンビニくらいしかなく、新興住宅街となっています。
在来線ホームがクロスしていますが、函館行のスパー白鳥が出発を待っていました。スーパー白鳥と白鳥の始発駅は新青森駅になっています。
現在の青森駅に併設するとスイッチバックが必要になるとのことから、北海道開業を視野に入れた場合に速達性が失われるとのことからこの位置への建設が決まったようです。
いずれ、終着駅ではなくなるわけですが、はたして新幹線というものはどういう位置づけで開発をしてきているのかなんとなく疑問を感じるものでありました。
野内あたりから海沿いを高架橋で青森市内へアプローチする案はなかったのでしょうかね?
青森ベイブリッジの横通して油川に抜ければ問題なく速達性は保てると思うのですが、用地買収が難しかったかなぁそれだと(^^;
3/5からは、より速達性の高い「はやぶさ」が登場し、自分が生まれる頃の計画が完結したことは感慨深いものがあります。
3/11の震災以降は盛岡⇔新青森で自由席の「はやて」が1日10往復設定されるのみ、観光などの自粛ムードや節電で消灯ヶ所も多いですし、人の行き来もまばらで、ひっそりとしています。
また、周辺には商業施設がレンタカーとコンビニくらいしかなく、新興住宅街となっています。
在来線ホームがクロスしていますが、函館行のスパー白鳥が出発を待っていました。スーパー白鳥と白鳥の始発駅は新青森駅になっています。
現在の青森駅に併設するとスイッチバックが必要になるとのことから、北海道開業を視野に入れた場合に速達性が失われるとのことからこの位置への建設が決まったようです。
いずれ、終着駅ではなくなるわけですが、はたして新幹線というものはどういう位置づけで開発をしてきているのかなんとなく疑問を感じるものでありました。
野内あたりから海沿いを高架橋で青森市内へアプローチする案はなかったのでしょうかね?
青森ベイブリッジの横通して油川に抜ければ問題なく速達性は保てると思うのですが、用地買収が難しかったかなぁそれだと(^^;
2011年4月21日木曜日
青函フェリー新ターミナル
今までのターミナルビルは耐震性の問題とやらで建て替えることになり、旧ビルの裏手にこのような新しい施設が出来ました。
2階には食堂もあるようです。
駅からフェリーターミナルっていうと大きな確率でこちらに降ろされるかと思いますが、津軽海峡フェリーのターミナルは別な場所でございます(^^;
一応、どっちが早いか時刻表を確認するつもりでしたのでどちらのターミナルに降ろされても構わなかったんですが、離れ離れの運用はちょっと利用者には判りにくいのではないかと思いますが(^^;
2階には食堂もあるようです。
駅からフェリーターミナルっていうと大きな確率でこちらに降ろされるかと思いますが、津軽海峡フェリーのターミナルは別な場所でございます(^^;
一応、どっちが早いか時刻表を確認するつもりでしたのでどちらのターミナルに降ろされても構わなかったんですが、離れ離れの運用はちょっと利用者には判りにくいのではないかと思いますが(^^;
ほくれん丸
津軽海峡上で遭遇しました、ブルードルフィンで函館入港の際にすれ違いました。
帰りのえさん2000とは津軽海峡上で至近距離の離合となりました。
ほくれん丸は釧路と茨城県の日立港を結ぶRORO船で主に生乳を北海道から関東・中京圏に運ぶために海上区間の重要な役割を担っています。
これは、2代目で初代は一回り小さいです。
信号旗を見ますと「PU1」と掲げてあります、これは試運転を意味しますので、函館で入渠し最終工程の試運転をしていたということでしょう。
函館ドックには、時々赤に「K」のファンネルが見ることがああります。
帰りのえさん2000とは津軽海峡上で至近距離の離合となりました。
ほくれん丸は釧路と茨城県の日立港を結ぶRORO船で主に生乳を北海道から関東・中京圏に運ぶために海上区間の重要な役割を担っています。
これは、2代目で初代は一回り小さいです。
信号旗を見ますと「PU1」と掲げてあります、これは試運転を意味しますので、函館で入渠し最終工程の試運転をしていたということでしょう。
函館ドックには、時々赤に「K」のファンネルが見ることがああります。
DD-112 まきなみ
陸奥湾内でこのような艦船と遭遇しました。
海上自衛隊 DD112護衛艦「まきなみ」です。
第3護衛隊群第3護衛隊所属、つまり海上自衛隊の大湊基地に配属されています。
全長:151m
全幅:17.4m
機関:IHILM2500ガスタービン 2基
川崎スペイSM1C 2基
2軸推進、60,000PS
最大速度:30ノット
装備:127mm54口径単装速射砲 1門
Mk15ファランクスCIWS 2基
90式艦対艦誘導弾 (SSM-1B)4連装発射筒 2基
Mk41VLS 32セル
68式3連装短魚雷発射管(HOS-302) 2基
OPS-24対空レーダー
OPS-28D水上レーダー
OPS-20航海レーダー
81式射撃指揮装置2型31
OQS-5ソナー
OQR-2曳航ソナー
NOLQ-3 ECM
Mk137チャフ発射機 4基
艦載機:SH-60J
海上自衛隊 DD112護衛艦「まきなみ」です。
第3護衛隊群第3護衛隊所属、つまり海上自衛隊の大湊基地に配属されています。
全長:151m
全幅:17.4m
機関:IHILM2500ガスタービン 2基
川崎スペイSM1C 2基
2軸推進、60,000PS
最大速度:30ノット
装備:127mm54口径単装速射砲 1門
Mk15ファランクスCIWS 2基
90式艦対艦誘導弾 (SSM-1B)4連装発射筒 2基
Mk41VLS 32セル
68式3連装短魚雷発射管(HOS-302) 2基
OPS-24対空レーダー
OPS-28D水上レーダー
OPS-20航海レーダー
81式射撃指揮装置2型31
OQS-5ソナー
OQR-2曳航ソナー
NOLQ-3 ECM
Mk137チャフ発射機 4基
艦載機:SH-60J
津軽海峡で
よって、ここは陸奥湾内ですが、このようなシーンを目撃することもあります。
ちなみに、これは帰りの「えさん2000」からの撮影です。
「フェリーはちのへ」が「えさん2000」と並走します、最終的には「えさん2000」が先行していきますが。
「べが」と「フェリーはちのへ」のすれ違い
ちなみに、これは帰りの「えさん2000」からの撮影です。
「フェリーはちのへ」が「えさん2000」と並走します、最終的には「えさん2000」が先行していきますが。
「べが」と「フェリーはちのへ」のすれ違い
2011年4月20日水曜日
堤埠頭
現在、八戸発着のシルバーフェリーは八戸港が使用不可能のため復旧まで青森市の堤埠頭から苫小牧を1日4往復しています。
いまだかつてなかった光景に平時ではないことを物語っています。
堤埠頭に着岸している「べが」
「ベガ」は「びるご」「びるたす」の同型船の1つなのですが、バウバイザーがないので青函航路に入ったことはありません。(ないはず?)
いまだかつてなかった光景に平時ではないことを物語っています。
堤埠頭に着岸している「べが」
「ベガ」は「びるご」「びるたす」の同型船の1つなのですが、バウバイザーがないので青函航路に入ったことはありません。(ないはず?)
塩分補給
しばらく海方面には出かけることがなくなかなか塩分補給が出来なかったのですが、桜の季節を前にして休みが取れたのでミニ旅行をしてきました。
車は使わず電車と船で。
東北新幹線は4/20現在で盛岡⇔新青森は1日10往復運転していますが、盛岡以南は在来線を利用することになります。
朝、娘と同時に自宅を出て、娘は普通でわたくしは盛岡までなので一本前の快速に乗りました。
盛岡で乗り換え新青森まではあっという間についてしまいました、隔世の感があります(爆)
フェリーターミナルから「ブルードルフィン」乗船し、函館ですぐにUターンし「えさん2000」に乗船。
本州に戻り自宅へは12時間後に戻ってきました。
人の流れは少なく、節電であちこち電気は消されどこへ行っても活気がない感じがします、ただどのフェリーもトラックは満車状態、キャンセル待ちがありました。
車は使わず電車と船で。
東北新幹線は4/20現在で盛岡⇔新青森は1日10往復運転していますが、盛岡以南は在来線を利用することになります。
朝、娘と同時に自宅を出て、娘は普通でわたくしは盛岡までなので一本前の快速に乗りました。
盛岡で乗り換え新青森まではあっという間についてしまいました、隔世の感があります(爆)
フェリーターミナルから「ブルードルフィン」乗船し、函館ですぐにUターンし「えさん2000」に乗船。
本州に戻り自宅へは12時間後に戻ってきました。
人の流れは少なく、節電であちこち電気は消されどこへ行っても活気がない感じがします、ただどのフェリーもトラックは満車状態、キャンセル待ちがありました。
消防団
わたくしが所属している分団の車両ですが(^^;
管内で火災があれば出動するのは当たり前なのですが、地震などでも大きい場合は巡回に出動しますし、近くの川が集中豪雨などで水位が上がれば警戒に出動します。
また、行方不明者が出れば河川敷沿いに県警ヘリ・防災ヘリとともに捜索にも出動します。
消防操法競技大会というものがあり、結構皆さん頑張って上位に入ってます、わたくしは体調崩していまだに出場した経験はありません(爆)
火災の際の消防団の役目は本署隊のバックアップですが時には消火栓に部署して2線延長し直接火点に放水したりもします。
結構、管轄外のところまで出て行ったりするのですが(^^;
いつもしっかり水利を確保できます、緊急走行も安全に配慮しながら落ち着きながら走らせられるようになりました。
今回の地震で思いましたが、大きな地震の時はどういった対処をすればよいのか、正直訓練して心構えが出来てるとは思えないんですよね。
倒壊しそうな建物のチェック、河川の油流出、様々な事象が一気に起こります、出動して見回るとあちこちから、プロパン倒れた起こしてくれ、オイルタンクひっくり返った起こしてくれ(ダダ漏れ)、側溝に流れていくってことはやっぱり河川流出を考えなくてはいけない。
ちょうど、2月の訓練でオイルフェンスを展張する訓練をしました、オイルフェンスを配ってもらえれば自主的に管轄内の小河川に張ることはできます。
近所には、北上川の堤防があります、亀裂が入りもう少し地震が大きかったら、余震が繰り返したら決壊する可能性があります、実は数年前に国道交通省、自衛隊などともに訓練をしています、その際に堤防の決壊を防ぐ工法を学んでいます。堤防に杭を打ち込んでワイヤで引っ張り固定するもの、こういったものも杭やワイヤーを常備しておけば分団で出来ることです。
今後は、こういった活動の指針も示して各分団地域性にあった装備をして対処できれば地域の安全確保や住民の方がへの安心に繋がるのかなってすごく考えます。
そこまでする必要ないってよく言われます(笑)
が、やっぱこれだけのことを経験してしまうと、出来ると右往左往するだけとでは大きな違いがあると思います。
管内で火災があれば出動するのは当たり前なのですが、地震などでも大きい場合は巡回に出動しますし、近くの川が集中豪雨などで水位が上がれば警戒に出動します。
また、行方不明者が出れば河川敷沿いに県警ヘリ・防災ヘリとともに捜索にも出動します。
消防操法競技大会というものがあり、結構皆さん頑張って上位に入ってます、わたくしは体調崩していまだに出場した経験はありません(爆)
火災の際の消防団の役目は本署隊のバックアップですが時には消火栓に部署して2線延長し直接火点に放水したりもします。
結構、管轄外のところまで出て行ったりするのですが(^^;
いつもしっかり水利を確保できます、緊急走行も安全に配慮しながら落ち着きながら走らせられるようになりました。
今回の地震で思いましたが、大きな地震の時はどういった対処をすればよいのか、正直訓練して心構えが出来てるとは思えないんですよね。
倒壊しそうな建物のチェック、河川の油流出、様々な事象が一気に起こります、出動して見回るとあちこちから、プロパン倒れた起こしてくれ、オイルタンクひっくり返った起こしてくれ(ダダ漏れ)、側溝に流れていくってことはやっぱり河川流出を考えなくてはいけない。
ちょうど、2月の訓練でオイルフェンスを展張する訓練をしました、オイルフェンスを配ってもらえれば自主的に管轄内の小河川に張ることはできます。
近所には、北上川の堤防があります、亀裂が入りもう少し地震が大きかったら、余震が繰り返したら決壊する可能性があります、実は数年前に国道交通省、自衛隊などともに訓練をしています、その際に堤防の決壊を防ぐ工法を学んでいます。堤防に杭を打ち込んでワイヤで引っ張り固定するもの、こういったものも杭やワイヤーを常備しておけば分団で出来ることです。
今後は、こういった活動の指針も示して各分団地域性にあった装備をして対処できれば地域の安全確保や住民の方がへの安心に繋がるのかなってすごく考えます。
そこまでする必要ないってよく言われます(笑)
が、やっぱこれだけのことを経験してしまうと、出来ると右往左往するだけとでは大きな違いがあると思います。
2011年4月19日火曜日
雑感
震災後撮影したヘリの画像の紹介がすべて終わりました、数えてみると撮影していない機体やなど50機以上をゆうに超えるくらいが「いわて花巻空港」を出入りしました。
これだけの数が地震の直後に一斉に集まり救助活動に活躍し任務を終え元の持ち場へ戻る…
こんな事は二度とないと思いますが…
でも、また起こるかもしれないのが自然災害なのです、今まで東海・東南海・南海の確立が高いと注目され続けてきましたがその前にとてつもない地震が東日本を襲いました、歴史を紐解くとこれだけの規模の地震は過去に起きているのです。
連日報道されているように、三陸で30Mを超える津波はやってきていたのです。
地震は怖いです、でも日本に住んでる限りその恐怖から逃れることができないのです、自分も怖いと思います、地鳴りが聞こえるような気がしますし、地震が起きてもいないのに揺れているような気がします。
いかに心構えを作るか、停電になったら、家が倒壊したら、家族の安否確認をどうするか、しっかり家族と話し合っておくいい機会なのかもしれません。
これだけの数が地震の直後に一斉に集まり救助活動に活躍し任務を終え元の持ち場へ戻る…
こんな事は二度とないと思いますが…
でも、また起こるかもしれないのが自然災害なのです、今まで東海・東南海・南海の確立が高いと注目され続けてきましたがその前にとてつもない地震が東日本を襲いました、歴史を紐解くとこれだけの規模の地震は過去に起きているのです。
連日報道されているように、三陸で30Mを超える津波はやってきていたのです。
地震は怖いです、でも日本に住んでる限りその恐怖から逃れることができないのです、自分も怖いと思います、地鳴りが聞こえるような気がしますし、地震が起きてもいないのに揺れているような気がします。
いかに心構えを作るか、停電になったら、家が倒壊したら、家族の安否確認をどうするか、しっかり家族と話し合っておくいい機会なのかもしれません。
JA081T せきれい EC135P2
ちょっと距離があったのでトリミングしており画像が鮮明ではありませんが、これは東北エアサービスさんのヘリです。
東北電力の高圧送電線施設などの事業を請け負ったりしている会社です。
送電線のパトロールなども常に行われており、この機材も送電線の点検のために時々見かけます。
東北電力の高圧送電線施設などの事業を請け負ったりしている会社です。
送電線のパトロールなども常に行われており、この機材も送電線の点検のために時々見かけます。
JA6720 はくちょう AS332-L1
東京消防庁の「はくちょう」です。
時折上空を航過していたのは確認できていましたが、いわて花巻空港に降りたのは数回だけだったかもしれません、別な場所で活躍をしていたようですが先日東京へ帰投とのことでしたので自宅上空を通過する姿を写しました。
東京消防庁のヘリは全隊が東北方面へ展開したことになります。
時折上空を航過していたのは確認できていましたが、いわて花巻空港に降りたのは数回だけだったかもしれません、別な場所で活躍をしていたようですが先日東京へ帰投とのことでしたので自宅上空を通過する姿を写しました。
東京消防庁のヘリは全隊が東北方面へ展開したことになります。
2011年4月16日土曜日
JA9963 MESHヘリ AS355F-2
沖縄県の救急ヘリで、運営母体がNPO法人であります。県防災ヘリやドクターヘリなどではカバーしきれない沖縄県北部地域を拠点に活躍しています。
消防無線などを搭載し防災ヘリとそん色ない機能を備えています。
3月末ころから沖縄県より飛来、沿岸地方と内陸部を結ぶ救急支援活動に精力的に活動されていました。
画像はミッションを終え帰投するMESHヘリです。
お疲れ様でした、また沖縄の地で活躍されることを祈念いたします。
消防無線などを搭載し防災ヘリとそん色ない機能を備えています。
3月末ころから沖縄県より飛来、沿岸地方と内陸部を結ぶ救急支援活動に精力的に活動されていました。
画像はミッションを終え帰投するMESHヘリです。
お疲れ様でした、また沖縄の地で活躍されることを祈念いたします。
JA9683 あおぞら Bell214ST
大きなヘリなのですが、メインローターが2枚というなかなか変わったヘリであります。
東京へリポートが定置場で、国土交通省関東整備局の防災ヘリです。
とにかくローターが大きいです、飛んでる姿がなかなか特徴的です。
2枚ローターとしては世界最大級なのだそうです。
人員輸送や情報収集に活躍しています。
東京へリポートが定置場で、国土交通省関東整備局の防災ヘリです。
とにかくローターが大きいです、飛んでる姿がなかなか特徴的です。
2枚ローターとしては世界最大級なのだそうです。
人員輸送や情報収集に活躍しています。
JA6800 みちのく AS332L-2
国土交通省東北地方整備局
各自治体の防災ヘリや、消防局のヘリなどとは違うものの、こちらも防災目的で導入されています。
シュペルピューマのL-2は日本で最初に導入したのがこの「みちのく」です。
20人乗りです。
各自治体の防災ヘリや、消防局のヘリなどとは違うものの、こちらも防災目的で導入されています。
シュペルピューマのL-2は日本で最初に導入したのがこの「みちのく」です。
20人乗りです。
2011年4月14日木曜日
次の休みは
本来なら、歓送迎会やお花見の準備などで大忙しの時期なのですが、見通しもたてられないままただ右往左往する日々が続き、ここにきて仕事を覚えた従業員が個人的都合でいきなりやめるということになったり、これでもかというくらいくたびれます(^^;
4月後半からはやっとお客さんの予約も入り始めなんとかこなしていこうと奮起しています。
まだ、最大余震が来ていないとか、M8くらいの余震があるとか何かと心配事がとにかく山積です、本棚やモニターなど、地震で倒れたものに関しては倒れないようにして対策しました。
懐中電灯もより明るいLEDのものを注文し娘たちに持たせようと思います。
停電を考え1時間程度はPCを動かせるようにUPSも考えています。
みなさんは準備はいかがですか?
さて、昨日の定休日をもってGWあけまでの休みなしで通しで仕事をします。
GW明けには少しフェリーに乗って函館にでもいってリフレッシュしたいって考えてます。
4月後半からはやっとお客さんの予約も入り始めなんとかこなしていこうと奮起しています。
まだ、最大余震が来ていないとか、M8くらいの余震があるとか何かと心配事がとにかく山積です、本棚やモニターなど、地震で倒れたものに関しては倒れないようにして対策しました。
懐中電灯もより明るいLEDのものを注文し娘たちに持たせようと思います。
停電を考え1時間程度はPCを動かせるようにUPSも考えています。
みなさんは準備はいかがですか?
さて、昨日の定休日をもってGWあけまでの休みなしで通しで仕事をします。
GW明けには少しフェリーに乗って函館にでもいってリフレッシュしたいって考えてます。
2011年4月13日水曜日
警察ヘリ
全国くまなく配備されている警察のヘリですが、警察ヘリは多く見ることはありませんでした。
防災ヘリ不在のそれぞれの地元で緊急事態に備えていたものと思われます。
利府のスタジアムなどの場外に離発着する様子を聞くことができましたが、ほとんどが東北管内の警察ヘリと警視庁からのヘリのみです。
その代りと言っては語弊がありますが、地上部隊としての警察の人員・車両の動員数も相当な数に上りました。
市街地ですれ違うパトカーが道警だったりしています。
防災ヘリ不在のそれぞれの地元で緊急事態に備えていたものと思われます。
利府のスタジアムなどの場外に離発着する様子を聞くことができましたが、ほとんどが東北管内の警察ヘリと警視庁からのヘリのみです。
その代りと言っては語弊がありますが、地上部隊としての警察の人員・車両の動員数も相当な数に上りました。
市街地ですれ違うパトカーが道警だったりしています。
C-130H 航空自衛隊
コールサインはキャメル小牧基地
C-1輸送機よりも大きく大きなものも運べます。
3/11の地震の翌日、自宅上空を低い高度でいわて花巻空港にアプローチするのを見たときは、大変なことが起こったことを実感するものでした。
C-1輸送機よりも大きく大きなものも運べます。
3/11の地震の翌日、自宅上空を低い高度でいわて花巻空港にアプローチするのを見たときは、大変なことが起こったことを実感するものでした。
平行誘導路
いわて花巻空港には平行誘導路が完成していますが供されていません。ですのでこのように駐機場として利用されました。
中には平行誘導路をタキシングしてくるヘリもいました。
ここに、海上保安庁のヘリなどもやってきました。
自衛隊や海上保安庁など無線で使用する用語には独特な言い回しなどがあります。官制は花巻RDOですから、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊・海上保安庁・防災航空隊・消防航空隊・報道・民間機など言い回しに特徴のあるものもすべて理解しさばいていたのはすごいと思いました。基本的にRDOやTWRで使用される用語はほぼ決まってるのはずなのですが、つい出てしまうのでしょうか。
0→まる 1→ひと 2→ふた
(例)15:20 → ひとごーふたまる
(例)日本語で申し上げます、ETA変更 ひとふたまるまるでお願いします
(例)えー、ひとふたまるまるりょうかいです
また、意思確認としてPTTを二回おして「プチプチ」も多用されていました。
中には平行誘導路をタキシングしてくるヘリもいました。
ここに、海上保安庁のヘリなどもやってきました。
自衛隊や海上保安庁など無線で使用する用語には独特な言い回しなどがあります。官制は花巻RDOですから、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊・海上保安庁・防災航空隊・消防航空隊・報道・民間機など言い回しに特徴のあるものもすべて理解しさばいていたのはすごいと思いました。基本的にRDOやTWRで使用される用語はほぼ決まってるのはずなのですが、つい出てしまうのでしょうか。
0→まる 1→ひと 2→ふた
(例)15:20 → ひとごーふたまる
(例)日本語で申し上げます、ETA変更 ひとふたまるまるでお願いします
(例)えー、ひとふたまるまるりょうかいです
また、意思確認としてPTTを二回おして「プチプチ」も多用されていました。
自衛隊機
民間機の離発着空港へは自衛隊機はあまり出入りをしたところを見たことがありません。
10万人規模ともいわれる自衛隊の救助・援助活動の基地としてイーストエプロンと呼ばれていた新ターミナル側に物資を受け入れるためのベースなどが設営されていました。
官制は花巻RDOだけですから、数日間ものすごい過密ぶりでした。
C-1やC-130、UH-1やOH6Dが頻繁に出入りしていました。
10万人規模ともいわれる自衛隊の救助・援助活動の基地としてイーストエプロンと呼ばれていた新ターミナル側に物資を受け入れるためのベースなどが設営されていました。
官制は花巻RDOだけですから、数日間ものすごい過密ぶりでした。
C-1やC-130、UH-1やOH6Dが頻繁に出入りしていました。
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