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鳥海山

秋田へは手打ち蕎麦を習いにしばらく通ったことがあります。羽後町西馬音内(うごまちにしもない)と言う町の「弥助そばや」さんです。 横手までは秋田自動車道を使い国道13号に降りて十文字あたりから西へ行くのですが、本来晴れれば鳥海山が望めます。 しかし、何回通ってもいつもいつも視界不良でその勇士を見ることが出来ません。 冬と言うのもあるんですけど、やはり秋田の内陸は冬は晴れる事が少ないんですね。雲によって紫外線が遮られるので秋田の女性は日焼けせず色白の方が多いとか、それが秋田美人の由来と嘘か真か教えられました。 蕎麦打ちの修行も終わり、しばらくしてなんとなく遊びに行ってみますと。 おおぉ! 立派な鳥海山のお姿を拝むことが出来ました、しかも雪景色です(^^) 山肌を見ますと、比較的うねった感じが見受けられます、岩手山などとまた違った生まれ方をしたのかななどといろいろ考えちゃいます。

781系 JR北海道

北海道の電化区間を代表する特急方車両でありましたが、こちらも退役が進んでおります。 旺盛な需要に応えるべく、電車特急の導入を考え開発製造に着手したものの、変圧器用の絶縁油のPCB使用禁止に伴い代替品の確保が出来ず計画は暗礁に乗り上げてしまいました。 そこで、先に問題を解決した485系を雪国仕様に改造した1500番台を投入するも・・・ 北海道は甘くなかった(^^; 度重なる運休や遅延などが発生し問題化しました。 やっとの事で781系が落成、様々な特急の名称で北海道の電化区間を走り回りました。 写真は、室蘭駅での撮影。 札幌から特急「すずらん」でやってきて東室蘭⇔室蘭の盲腸線区間は普通列車として運行されていました。

711系 JR北海道

北海道といえばこの系列かなぁ~ 耐寒大耐雪に重きをおいて開発された北海道ならではの車両ですね。 そして、直流区間を走ることがないため交流専用車として登場しています。 455系にも通ずるデザインですね。 しかし、この姿も徐々に姿を消しつつあるようで御座います。

フェリーしらかば 俯瞰撮影

フェリーを撮るとなると、いつも岸壁から見上げるような感じが多いのですが、新日本海フェリーの秋田港の場合、ポートタワーセリオンの展望台から撮影することが出来ます。 と 言っても 年に数日間のドック時期のダイヤに限られます、ドック時期になりますと、順番に法定検査へ出向しますが、その間は夕方に秋田港へ到着する便に限ってこのような俯瞰撮影が可能となります。 通常時はセリオン開館の10:00前には全て入出港してしまいます。 展望台の上からぐるりと港内を回る姿を見るのも面白いですよ!

フェリーしらかば 新日本海フェリー

「フェリーあざれあ」と僚船で、スペックはほぼ同じです。 外観上の特徴として、船主部分の形状が1フロア分低くなっているため(意味通じますかな?)正面の面積が非常に大きく見える感じがします。 このようなデザインの意図は良くわかりませんが、波を被りやすいのか、冬季になるとフォーワードサロンの窓が鉄板で塞がれてしまいます。 よって、冬季間は前面展望は望めないので御座います。 何回か利用しましたけど、ホントに大きなフェリーです。お風呂入って、ご飯食べて、ビール飲んでのんびりして、最高の時間を提供してくれますね。 でも、冬はジェッツコースター(爆)

フェリーあざれあ 新日本海フェリー

日本海航路と言えば新日本海フェリー 設立は1969年、わたくしの生まれた年ですねぇ。 1970年よりフェリーが就航していますが、全長が160mを超える大きなフェリーが当時から就航しています。 日本海の冬の気象条件が厳しく、それを考慮した船体としているためで、現在もそれを踏襲し、200mを超えるフェリーまで就航しています。 画像は、秋田港を出港する「フェリーあざれあ」 新日本海フェリーのフリートの中でも巨大で充実した設備が特徴的です。 総トン:20,558 全長:195.6m 全幅:29.4m 出力:32,400ps 主機関:PC40Lx2 航海速力:22.7ノット 旅客定員:926名 車両積載数:トラック186台 乗用車:80台 石川島播磨重工業(東京)建造

重茂半島を望む

岩手県大槌町の吉里吉里半島というところから北方面を望む展望台があります。 一番手前に見える縦長の島が野島 海を挟んで手前の半島が船越半島。左手は船越湾です。 その奥に大きな山のように見えるのが重茂(おもえ)半島で、本州最東端のトドヶ崎があります。 半島内の道は狭くアップダウンが激しく、直線距離にするとたいしたことはないものの目的地へ到達するまでは意外と時間のかかる場所です。 それだけ自然が多く残っており、こういった半島が多数存在するからこそ海の栄養も良好になり、一大漁場を形成してるのだなと思います。 実に壮大なスケールです!

降雪によるノイズ

昨日の0cmから一晩で20cmくらい雪が積もりました。 まだ降り続いております。 降雪時にいつも発生するノイズで航空無線・消防無線ノイズが激しい状態です。

はやてブリザード

今年もやっとこの季節がやってきましたねぇ。 撮影駅で現在エレベーター増設工事のため待合室が閉鎖されています(下りホーム) いつもなら、そこでヌクヌク暖まりながら、放送があったら撮影に出るのですが、今はずっと外で待ってなくてはいけません、寒ぅ~

アヴローラおくしり 旧塗装

東日本海フェリー時代の塗装です

アヴローラおくしり ハートランドフェリー

ハートランドフェリーは旧会社名を東日本海フェリーと言いまして、主に北海道の離島航路を運航するフェリー会社です。 稚内から利尻・礼文航路 江差・せたなから奥尻島 さらに!国際航路の稚内⇔コルサコフ それぞれのフェリーが特徴を持っており、生活のための物資輸送や通院などの生活航路の役目が強く、季節には観光の需要も大きくなります。 青函航路のフェリーとは似て非なる性格を持ております。

JA8064 MD-90 旧JAS 黒澤塗装

黒澤明さんデザインの特別塗装機で、合計7基あったようです。たまたまフェリーで新潟行ったときに、入港直前にフェリーの上を航過し新潟空港に着陸したものです。 こういう個性のある機体が各地に飛んでると、見る楽しみや、レア物開拓みたいな気持ちになって追いかけたくもなりますねぇ、7機もあると一気に全部撮るのは難しかったでしょう。

JA8552 MD-81 HLQ

ハーレクインエアーと言う航空会社が存在したことはご存知でしょうか? 実はわたくしは知りませんでした(爆!) この写真は羽田近辺で撮ったかもしれないし、仙台近辺だったかもしれないし、定かではありません。 旧JASの子会社として設立、国際線チャーターや国内線チャーターなどで活躍をしたと聞いております。 JASのJAL合併後、JALに対してリース事業を行っていた模様ですが、2008年には会社は解散しております。

ガントリークレーン 夕景

八戸港で撮影 西に沈む夕日をバックに2匹のキリンです。 ガントリークレーンは、コンテナ船の荷役などを行うための設備ですが、その形から通称「キリン」などとも呼ばれています。

珊瑚橋 夜景

岩手県北上市にある珊瑚橋 昭和8年に建造されました。 は・はちねん? 実はすごく古い橋なんですが、なんかいい感じですねぇ。 実はイレギュラーな画像でありまして、本来点灯してるはずの街路灯が全て消灯しています。 回路の交渉で復旧までに3日くらいかかったでしょうか? その間は、普段と違う光景で、日が落ちると周囲は真っ暗、今まで普通に見ていた橋が、暗闇にうっすら浮かび上がる光景は少々不気味なくらい(^^; さてそこでちょっと、カメラを持ち出して長時間露光してみました。 丁度車が通過し、その明かりとあいまって不思議な絵になりました。

釜石湾 夜景

釜石湾北側の漁港あたりから山を登る道があります、そこを進んで行くと、途中からダートになります。 三叉路があり、そこからは下り坂、もう一方は行き止まりだったかなぁ、真っ暗だったので位置関係をつかまないまま戻ってきましたが、その戻る途中でパッと視界が開ける場所がありました。 そこから撮影したのが左の画像、中央部に出た半島に釜石大観音が立っています。

JA8709 YS-11 航空局フライトチェッカー

いやぁー、撮った記憶がないのですが、写真を整理していたら出てきました。背景の感じからすると花巻空港だと思うんですけど・・・ 一緒に、JASのMD-90の写真も出てきてるので間違いなく撮りに行ってるのだと思います。 紙プリントからのスキャンなので画質はイマイチですがネガを探してみようかな。 ちなみに、1969年にブラジルで就航した機体であります、わたくしの生まれ年です。 現在は部品取りにされてるとか(^^;

JA8905 B747-400D Tokyo DisneySEA号

段ボールに詰め込んだ写真の中から、「おや?」と言うものが出てきました。 2001年頃でしょうか? JAL50周年とウォルトディズニー100周年を記念してラッピングされたディズニーシー号です。 この時は、浮島からの撮影だったと思います。 マリンエキスプレスのフェリーを撮りたくて、岩手から出かけていったんですよね、当時は機動力ありましたから(笑) これ以外にも、羽田を飛び立つ旅客機が何枚か収められていたようですがいずれもアップの画像がありません。 JASのA300なんかも旧塗装でMD81?もしくはDC-9かなそのあたりの機影も確認できます。

レインボーブリッジ

晴れてるのににわか雨、虹が出る条件が揃ってるなと考えながら後ろを振り返ると。 おお! 川にかかってるではないですか! よく見ると2重ですし(^^; 残念ながら、風が強くて雨が舞ってレンズに水滴がついてしまったのが気がつかずに撮影していたんですわ。 でも、久しぶりにスカッとする風景を見た気がします。

ほるす 旧東日本フェリー

後の「ブルードルフィン」になるフェリーであります。 1994年に建造され、青森⇔室蘭航路に投入されます。なんと苫小牧⇔仙台と言う航路にも投入された経緯があります。 2000年に仙台航路休止とともに青函航路に転属、2007年まで活躍しますが、パンスターラインが傭船し改造ののち、「パンスターハニー」として、日本と韓国を結ぶ国際航路に就航させますが、長くは続かず、結局日本に戻ってきて再改造を施した後、「ブルードルフィン」として2010年より青函航路で活躍しています。 お帰りなさいと言う感じです(^^; ブルードルフィンについては、外観をまだ撮っていないので今後、撮影に出かけて、素敵なショットを収めた後ご紹介します。 船籍:函館 総トン数:7192 全長:136.60 全幅:21.00 喫水:5.70 速力:20.00 旅客:600 自動車:20 トラック:87 主機関:14PC2-6V 馬力:18200PS(13382kW) 建造:三菱重工業 下関 就航年:1994

ばにあ 旧東日本フェリー

長らく、活躍したこのフェリーは現在はインドネシアにその場を移しております。 均整の取れたその船影からはとても古さを感じませんが、1984年建造で意外と古参だったのです。 それは、船内に一歩足を踏み入れると良くわかります(^^; トイレや浴室などの水周りなどは相当くたびれておりましたが、2004年に一部改装され、2等室の拡充やシャワールームのリニューアル、授乳室の新設など多岐にわたっておりました。 わたくしが、津軽海峡に通い始めた頃はまだレストラン営業はしていたのですが、晩年は閉鎖されています。 特に、大きな振動とかそういった特徴はなかったと記憶していますが、唯一、2等大部屋左舷後方だけ妙に振動がすごかった記憶があります。 このフェリーに乗船してるときに「爆弾低気圧」に遭遇し、「あさかぜ5号」の勇士を収めることが出来たのでした。

キハ81系 特急はつかり

いやぁ、突然モノクロすいません(^^; うちの祖父母の写真を整理したら出て来た1枚。 キハ81系気動車は情報によりますと、1960年12月10日より上野⇔青森の、特急「はつかり」として登場しています。 当時の所要時間は約10時間半だったとの事。 通称:ブルドックと呼ばれていました。

ばあゆ 旧塗装

この小さなフェリーで津軽海峡を毎日毎日往復しています。 なんかやっぱり、このカラーって似合いますよねぇ。 皆さんはどうおもわれますか?

びるご 白装束

現在の津軽海峡フェリー塗装になる前の真っ白のなんともいえない姿です(^^; 子供の頃から図鑑などで見ていた貨物船で、冷凍船って白だったなーと言う思い込みから、どうも冷凍コンテナ船を髣髴とさせてしまいます。 そんな時もありました~

えさん2000 旧塗装

道南フェリー時代の塗装の「えさん2000」ですが、このとき、既にファンネルの道南自動車フェリーのロゴマークが消されています。内部でいろいろ調整しているのが伺われる状態でした。 さて、このフェリー、ファンネルがセンターの1本出しになっています、青函航路のどのフェリーを見ても左右、もしくは左舷(はやぶさ)のみとなっており、一際異彩を放っております。 この状態ですと、車両甲板の、真ん中に排気管を通すための構造物が出来てしまうために、デットスペースが生まれることになります。シルエットとしてのデザインはいいのですが使い勝手が悪くなるデメリットがあります。 それとも何かメリットがあるのかな? でも、こういう特徴もないとねぇ、みんながみんな同じデザインで同じ性能だとちょっとつまらない(^^; 現在は津軽海峡フェリーのデザインになっております、近いうちに撮影しに行きたいと思っております。 船籍:函館 総トン数:2367 全長:110.30 全幅:17.00 喫水:4.52 速力:19.00 主機関:6DKM-36x2 馬力:9000PS(6617kW) 建造:三菱重工下関 就航年:2000

えさん 売却済み 旧道南自動車フェリー

道南自動車フェリーとは、旧東日本フェリー傘下にあり、2000tクラスの貨物フェリーを運航するいわゆる東日本フェリーの貨物フェリー部門と言う位置づけで御座いました。 それが、旧東日本フェリーが体制が解散となり、新しい東日本フェリーが立ち上がるのですが、それは高速船運航に専念する会社、それまで運航していたフェリーの(高速船以外)の受け皿となり一気に保有隻数の多いフェリー会社となりました。 大間⇔函館も東日本フェリーから道南自動車フェリーで運航することとなり、青森⇔室蘭も運航する計画もありましたが自治体の話し合いがまとまらず運航休止としました。 その後、東日本フェリーと東日本フェリーシップマネージメントなる会社らを吸収し「津軽海峡フェリー」が立ち上がります。 これにより、東日本フェリー・道南自動車フェリーの名前は津軽海峡から消えてしまったのでした。 2010年「えさん」はフィリピンへ売却されています。晩年は緑色のカラーから白地に「津軽海峡フェリー」のロゴマークだけと言うシンプルさ、いわゆる白装束、航空機の売却時を髣髴とさせるものです(^^; 実は、かなりこのフェリーも気に入っており、「あさかぜ5号」についで爆音の部類に入ります。

どんぶらこ

奥ではPCCがどんぶらこ。 手前では小型LPGがどんぶらこ。 そして私の乗ってるフェリーはつのへもどんぶらこ 荒れてるように見えなくても、時々大きくウネリってやってくるもんなんですねぇ。

荒天航海 フェリーあざれあ

まさかまさかの、こんな状態の写真が撮れるとは思っていませんでした(^^; 確か台風が接近、もしくは通過中だったのかなぁ、写真撮りに行くの辞めれば?って言われたんですけど行ってみました。 最初は、男鹿半島、南端に位置する鵜ノ崎に陣取り撮影開始、南行き便である「あざれあ」を撮影、鵜ノ崎は平らな岩場の遠浅でどんなに時化ていても波打ち際まで高波が来ないなんとも不思議な場所であります。周囲を見回すと、岩場にはガンガン波が襲ってるのですが、鵜ノ崎周辺だけは波が少ししか立ってません。 そこを通過する時点では、多少ドンブラコしてるかなと言う程度、秋田港入港し新潟へ向け防波堤を過ぎて転進した頃からそれははじまりました。うねりの中に果敢にアタックする「フェリーあざれあ」の勇士にただただシャッターを切るだけでした。 撮影場所は、秋田港のランドマーク「セリオンタワー」展望室から、展望室も強風から揺れがあります、元々制振装置が働いてるので揺れを感じないタワーなんですが… ゆらゆら揺れる感じに、後半は少々酔ってしまいました(^^; タワーに酔ったなんて恥ずかしくて今までは未公開です(笑) この、状態はそれほど長く続かず、新潟へ向けて徐々に揺れは収まっているようでした。 これが荒天航海一部始終だ!  ← そのほかの画像はこちらのアルバムへ

モデレートタービュランス

12/12の花巻RDOの交信で「モデレートタービュランス」を聞きました。 操縦に注意が必要な乱気流です。 マウンテンウェーブやらなにやらいろ空の上も見えない波がたくさんあるようです。 わたくしの、携帯ストラップになぜか「航空安全」の文字を配したセントレアのフ―のマスコットが付いています。「安全航行をお祈り申し上げます」

高速¥1000

年明けのお休みに新潟行こうと計画しており、高速道路の料金検索をしてたら、そういえばETC搭載だと土日って¥1000なんだよなーと改めて気がついたりして。 平日休みのわたくしには無縁のお話で、いつも高速道路はETC割引はありますが満額お支払しています、ちょっと不公平感を感じる今日この頃。 まぁ、深夜割引利用するとだいぶ安く利用できるのですが、夜中の運転をする気力が最近はないです(笑) 久しぶりに、車中泊仕様にしてどこでも寝られるようにして行ってみようかな。 少しでも出費は抑えたい昨今ですからねぇ。 世の中逆の生活をしていると何かと損なのかなぁ(^^;

時化

津軽海峡の風物詩と言えば「冬の時化」でしょうか。 秋も深まり西風が強くなり始め、初冬を迎える頃になると荒れた海上が続き始めます。 ある程度の低気圧(台風など)の接近で荒天があからさまにわかるような場合は欠航しますが、多少の事では青函航路は欠航しないんですよ。 冬場もそう、荒れた海を2000tクラスのフェリーが頑張って活躍してる場所でもあります。 その場合は航路も随分と変わります、ピッタリ下北半島沿いに北上し、大間崎が見えてきたら一気に津軽半島方面へ転進、今度は平舘灯台付近から大きく右に舵を取って函館山まで一直線に進んだり、つまりジグザグに航行したりします。 で、予想外の事態も起こるわけでして、「爆弾低気圧」と言うものであります。突如発達して北上していく低気圧。「あさかぜ5号」の写真は時化の中を航行中で御座います、しかも自分が乗ってるフェリーのすぐ横を並走しているときに撮影したものです。 本来であれば、海峡上ですれ違うはずだったのが、うねりが大きくそれをかわしながら航行していたらお互い接近し過ぎたために、「あさかぜ5号」が一旦戻る形になりしばらくしてまた方向を変えて本来の進路に戻ったというもの。 津軽海峡は函館⇔青森のフェリーだけではなく様々な船舶が航行しておりかなり気を使う場所のひとつのようです。

あさかぜ5号 青函フェリー

青函フェリーでも北日本海運が所有するのは「あさかぜ」シリーズ。 現在は「あさかぜ」の代替の「あさかぜ21」と、この「あさかぜ5号」の2隻 「あさかぜ5号」は旅客扱いを意識して建造されているため、キャビンは大きく取られており、自販機類、トイレ、シャワーなども完備されています。売店とレストランはありません。 「はやぶさ」級と比べますと、アコモデーションがやや質感が劣る部分がありますが、逆にそれが「船」と言うものの味わいを深くさせております。 また、青函航路では最大の「爆音フェリー」であります。振動が凄いんじゃなくて、排気音が凄い(^^)!! この「あさかぜ5号」の排気音は例えば、津軽半島の外ヶ浜あたりの灯台から眺めてると風向きによっては音が聞こえて来ます。また、函館山の下あたりの漁港から眺めてても「あさかぜ5号」だけは排気音が聞こえます。この排気音は大好きです! 船籍:函館 総トン数:1958 全長:102.02 全幅:15.80 喫水:4.50 速力:19.00 旅客定員:103 主機関: 6DLM40ALx2 出力: 8000PS(5882kW) 建造:ヤマニシ 石巻 就航年:1998

あさかぜ 青函フェリー 退役

2009年に青函航路を去り、フィリピンにて大改造を受けセブフェリー2として活躍しております。 旅客扱いを始める随分前から就航しており、2009年に引退する最後の最後まで貨物フェリーたるやを語るには相応しい存在で御座いました。 キャビンは、必要最小限、和室で言えば12畳くらいでしょうか?入口は背が低くなおかつ段差が高いので穴に潜り込むような感じ(^^; 車輌後半からの階段は梯子みたいに急峻(^^; キャビン内に自販機、後方にシャワールーム、前方にはトイレと言う感じ。 ただ、なんとも素敵な雰囲気がしてはまりましたねぇ。 1985年から頑張っていました。

はやぶさ

「3号はやぶさ」をやや小ぶり版と言ったところでしょうか、外観の違いもあり、最大の特徴はファンネルが左舷側のみと言う事です。 船籍:函館 総トン数:1777 全長:93.02 全幅:15.60 喫水:4.51 速力:17.70 旅客定員:80 主機関: 9PC2-6Lx2 出力: 6750PS(4963kW) 建造:函館ドック函館 就航年:1995

3号はやぶさ 青函フェリー

青函航路のフェリーの紹介に入ります(^^) 青函フェリーと言うのは、共栄運輸と北日本海運が共同運航をするために設立した会社であります。 2010年現在、4隻のフェリーが在籍しております。 もともと、貨物メインのフェリーであったためキャビンは必要最低限しかなく、自販機とごろ寝するスペースくらいしかないと考えてよろしいと思います。 しかし、いつ頃からだったか、旅客の扱いが可能になりサービス向上を図るために、ある程度設備を充実させたフェリーが登場してきます。 この「3号はやぶさ」は2000年9月に竣工、シャワー室や寝台室など設備も整い、レストランや売店こそないものの、3時間50分の航路には一番丁度良いフェリーなのかもしれません。 尚、函館側のターミナルは一般的なフェリーターミナルではなく、北埠頭にあります。 しかも艫付けと言う珍しいスタイルで着岸しています。 3号はやぶさ 船籍:函館 総トン数:2107 全長:101.62 全幅:15.80 喫水:4.51 速力:18.70 旅客定員:105 主機関:SEMT 6PC2-6Lx2 出力:8000PS(5882kW) 建造:函館ドック函館 就航年:2000

ノースレインボーエクスプレス キハ183系 JT

JR北海道のジョイフルトレインで、キハ183系がベースになっています。 撮影地は、南千歳駅の近くで、千歳線と石勝線の分岐のあるあたりです。 この頃は、鉄道写真は撮り始めたばかりで、とにもかくにも失敗を乱発、と言うのもほとんどPモードで撮る事が多く露出はカメラが勝手に考えてくれるので何も気にしないで撮っていたのが災い(^^; 接近するにつれてライトの灯りが増すと、それに合わせるので全体として暗くなります、完全にライトだけ写ってる写真とかもあったりして(笑) この時も、そうです、「スーパーおおぞら」やいろいろ撮ったのにほぼ失敗、唯一、このノースレインボ―エクスプレスだけがまともに撮れたのです。 そこから、鉄道写真はマニュアルで撮らなきゃいけない事を学ぶのでございます(爆) ちなみに、このJTは機関車にひかれて青函トンネルを潜り、弘前まで「さくらエクスプレス」として本州まで顔を出します。

秋田港

秋田港に通い始めたのって、フィルムカメラ使ってる時からなので、かれこれも8年くらいになります。 秋田港にフェリーの発着場があるのを知って、ちょっと様子を見に行ってみようと思ったのがきっかけでしたが、秋田入港が早朝なんですよね。 なので、仕事終了後すぐに準備して車で出かけて、車中泊して入港シーンをカメラに収めると言う事をしょっちゅうやってました。 その間、世の中の情勢が変わりテロに対する意識の高まりからそれまで立ち入りできた区域にもフェンスが張られ監視員を置き自由に行き来する事が出来なくなりました。 秋田港も例外ではなく、この灯漂のある場所も立入禁止になりました、それまでは釣り人が糸を垂れていたんですけどね。 奥に見えるのは風量発電設備とガスのタンク 撮影時は夕方で、滅多に夕方までいる事はないのですが、ちょうと「ぱしふぃっくびいなす」の出港が夕方だったので滞在しました。

583系 臨時列車

583系と言えば、寝台特急の極めつけてきな電車でしたねぇ。 小学校の通学路に陸橋があり、毎日定時に通過するこの姿を見ていました。 東北新幹線の開業により徐々にその活躍の場は失われ消えて行きました。 基本的には夜行列車なのですが、間合いで昼行特急にも使用されていました。 寝台に展開する前の姿は、天井が妙に高く感じました。 何よりも室内が静かな事には驚かされます、ただし、ベットに展開する関係上、シートはリクライニングしない固定式(^^;

さんりくトレイン キハ58・28 JT

これは、確か今は緑色で「Kenji」という名前のジョイフルトレインだったと思います。 当時も、「さんりくトレイン○○○号」としての運用以外は「Kenji」として走っていたような覚えがあります。 いやーぁ~、追っかけて撮ったはずなのに、詳細をすっかり忘れている(^^; すんません。 やっぱり、撮ったらすぐ公開しましょうと言う事ですね。 それから、撮り方がダメダメです(笑) 鉄道写真の修業をしなくてはと思うようになった頃だったと思います。 2004年10月24日撮影

ゆうかり 新日本海フェリー

「らいらっく」と僚船の「ゆうかり」 撮影地は秋田港。 お? 本来は、新潟⇔小樽に就航しており、秋田港へは寄港しません。これは、年に1度のドックダイヤの時期に代船として利用されるために撮影が出来るわけで御座います。 秋田までは行けるけど、新潟となるとおいそれといけませんし、冬の1月頃を狙って撮影に行きます。 そんでもって、新潟までなら乗れると判断! 家からどのようにすれば乗れるかをシュミレーションしたところ、北上線始発と奥羽本線快速を乗り継ぎ、秋田駅からタクシーで行くと何とか間に合いそうな感じ。 実際やってみました、タクシーの乗るとこまではバッチリ! しかし!朝の渋滞を考慮していなかったために、しばらくタクシーは秋田駅付近から動かず… 時間はどんどん過ぎます… やばいなぁ、間に合わないかなぁ… その時、すっと車が動き始め渋滞を抜け順調にフェリーターミナルへ向かいます、よしゃ!間に合った! と思いきや、タクシーの運ちゃん入り口通り過ぎるし!慌ててUターンし、窓口に滑り込みます、出港10分前、ゲートは閉まってましたが、開けてくれました(^^; そんなこんなで新潟までシュートクルーズを楽しみ、そこから新幹線で帰ってきましたとさ(笑)

にっぽん丸 旧塗装

なんとなくドライヴをしていた日、しかも三陸を縦断していました。 いつもなら立ち寄るはずのない岩手県宮古市の藤原埠頭、なんとなく国道からそれてみると、おや? ブリッジやファンネルの姿が見えます。 大きい船だなぁ、「にっぽん丸」である事がすぐにわかりました。 近くまで行ってみると歓迎レセプションの真っ最中で、秋刀魚は焼いてるし太鼓は叩いてるし、なかなか賑やかでした。 三陸では、大船渡に次いで客船を誘致しているのが宮古市。 この真っ白の塗装は、これまでの日本の客船を代表するかのような塗装でしたが、すっかり装いを変えまして、今ではシックな感じとか!いつかどこかで会いましょう。 客船とはこんなスタンスでしか巡り合えないんですよねぇ。

Air Pacific ほか 娘が撮影(^^;

娘が修学旅行でハワイに行くと言うので、飛行機の写真も撮ってきてねと言ったら、しっかり撮ってきてくれた(^^) まぁ、移動しながらの限られた時間なんで少ないものの貴重なものが数枚(笑) AIR PACIFIC のB737-800 その奥に後ろ半分だけ写ってるのはなんだろ? HAWAIIAN AIRLINESのようですねぇ。

フェリーのすれ違い

八戸入港の「フェリーはちのへ」と出港する「シルバークイーン」の2ショット 基本的に、八戸港外でのすれ違いがこの航路では多いです、ですので夕方の「べにりあ」と「べが」などもこんな感じで見る事が出来ます。

八戸北防波堤

八戸港には車でも行き来出来るような巨大な防波堤があります。 ここは、立ち入り禁止ですので、根元のテトラポットのところから撮影。 街の灯りが空に映って明るいんですよねぇ。 八戸は地区ごとに業種が分かれておりまして、この撮影位置から右手が工業地帯、三菱製紙や精錬工場、丘の上には海上自衛隊の滑走路もあります。 そして、真中付近が漁業や商業地域で左手に行くと住宅地で、さらに左手に行きますと景勝地となっています。 立入禁止と言っても、それまでは黙認されていた場所なんですよね、死亡事故が後を絶たないので鉄柵による完全立入禁止になってしまったようですが。 まぁ、この手のお話は根が深いのでさらりとしかお話しできませんが、はっきり言ってマナーとかルールみたいなものを(暗黙のものって存在するんですよねぇ)ないがしろにする輩が転落事故を起こしています。 完全立入禁止は良かったのだと思います。 撮影ポイントが減ったけど(^^;

CL13 すぎかぜ → CL13はざくら

第2管区海上保安部 秋田海上保安部所属の「CL13すぎかぜ」 現在は第6管区海上保安部尾道海上保安部に編入され、「CL13はざくら」として活躍中。 秋田には「CL144すぎかぜ」が新たに竣工した巡視艇を編入しました。 それが2008年の事なんで、しばらく行ってない事になりますな(^^;

PS05 かむい

らいざん型巡視船と言い、PM型よりも小さいものです。 第1管区所属で常駐場所は江差港 しかし、この後ろに見えるフェリーは新日本海フェリー、秋田港での撮影でした。 実際「かむい」は江差港で見ました、エンジン始動時に側におりまして、排気管から「ぼうん!」と一発素敵な音を発していました。

PM23 おいらせ

とから型巡視船と言い、 Patrol Vessel Medium(PM)で高速力、高機能型であります。 ウォータージェット推進3基で30ノット以上の速力が出せます。 「おいらせ」は名前が示す通り、青森の第2管区所属で、八甲田丸の前に常駐しています。

200系 ディズニーラッピング

200系は年を追うごとに延命を図るべくリニューアルをする車輛が出てきました。 当初、3列席は真中で上り方向と下り方向に向きが分かれ方向転換が出来ませんだしたが、リニューアルやマイナーチェンジなどで改良されたり、運転席の窓が曲線ガラスになったり、多岐にわたってるようです。 いくつもあったパンタグラグも1編成で2つにして騒音を減らしたりという努力はされてまいりました。 写真は、数ヶ月間、TDLのラッピングを配した編成を走らせた時のものです。

祝!東北新幹線全通

東北新幹線が開業したのが昭和57年のこと、当時自分は中学生で、学校の廊下から試運転の200系を眺めていた記憶があります。 当初は、暫定開業で大宮⇔盛岡間、大宮から上野の区間は新幹線リレー号と言う185系を用いた特急列車が走っていました。 それらの写真… たくさん撮ったのに、今はどこに行ってしまったのやら、その中には当時の(30年くらい前か)相鉄線の写真や改装前の横浜大桟橋の写真なんかあったんですよねぇ、引越しのごたごたで紛失してしまいました。 200系の写真も、いっぱいあったのに、気がつきゃこれくらいしかないと言う… みなさん、写真やネガは大切に保管しましょうね。 計画から38年、やっとここまで来たんですねぇ。感慨深いものがありますが在来線を利用している方は恩恵にはあずかれないジレンマが出現したりしています。 来年3月にはE5系「はやぶさ」登場で時速300km/hの営業運転が開始されます、その後320km/hまで引き上げられます、東北新幹線Ver.upです(^^)

いすゞエルフベース 消防団車輛

6代目のエルフベースの新しい型の消防団車輛です。 個々の分団は車輛が更新されるまでは、サファリだったかな?使ってましたが、操法競技会ではいつもトップ! この車輛になってからも上位に食い込んでます、まだ慣れないって言ってましたけど、すぐに慣れるでしょう。 吸管はそれ仕様に軽量タイプのものになってますね。 ん~、いいなぁー新しい車輌、うちの分団はいつ更新されるのかな?でもあと5年もしないうちに20年目になるようなんで、20年目くらいが目安? まぁ、地域によってさまざまだと思いますが(^^;

フェリー撮影ポイントの紹介

秋田市と潟上市(旧天王町)の海岸線から新日本海フェリーの秋田港入出港船のすれ違いが見られます。 地図は こちら

ニューれいんぼう らぶ

「れいんぼう らぶ」と言う、豪華な造りのフェリーが日本海で活躍していました、って「べる」の時と同じような説明になりますが(^^; つまり、僚船でありまして、スペックはほぼ同じであります。 現在は、商船三井フェリーの大洗⇔苫小牧で「さんふらわあ だいせつ」として活躍中です。 撮影ポイントは、直江津港のフェリー埠頭対岸の埠頭から。

ニューれいんぼう べる

「れいんぼう べる」と言う豪華で大きなフェリーが日本海で活躍していた時代がありました。しかしそれは長く続かず搭乗率と言うか稼働率と言うか、なかなか伸び悩みついには、設備を簡素化したフェリーに代替えさせて航路を存続させました。 しかし、これも長くは続かず、日本海の航路は廃止となってしまいました。 現在は、商船三井フェリーのカラーをまとい「さんふらわあ しれとこ」として深夜の貨物重視の便に就航しております。 大洗⇔苫小牧が今の活躍の場所となっています。 2001年9月竣工 11,401総トン 全長190m 幅26.4m 出力39,600馬力 航海速力24.9ノット 撮影地は直江津港、当時は北からの便と南からの便の2隻の並びがここで見られたんですよ~。